次世代につなげるために
イタリアの広場

現代労働組合研究会は、日本国憲法を遵守し、次世代のための労働運動のルネッサンスをめざします。


 高度成長期以降の労働組合運動 Ⅳ 


                2017.11.03更新

それぞれの労働組合運動史・論4






 ◇大学生も高校生も知っておきたい労働組合づくり・労働法 

  


▽2017.11.05
川村 雅則(twitter 2017.11.05)

 

なくそう!有期雇用つくろう!雇用安定社会ver 1.0
(PDF版)

http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/17.10labour
厚生労働省 無期転換ウェブサイト(
http://muki.mhlw.go.jp/ )より
川村雅則研究室(北海学園大学)、2017年10月発行



▽2017.11.03
川村 雅則(twitter 2017.11.03)


 

札幌地域労組に聞いてみよう
労働組合ってどうすごいんですか?
川村雅則ゼミナール(北海学園大学)

 2017年11月
 発行 川村雅則ゼミナール(北海学園大学)
 ℡ 011-841-1161(内2744)
 e-mail:masanori@econ.hokkai-s-u.ac.jp

労働組合の仕組みや機能を学ぶに適した「教材」をお届けします。札幌地域労組副委員長でおられる鈴木一氏のお話をまとめたものです。

『学校で労働法・労働組合を学ぶ 札幌地域労組に聞いてみよう 労働組合ってどうすごいんですか?』2017年11月発行  (PDF版)

http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/17.11labour

労働組合・労働運動は若者には知られていない、、、と嘆く方々がおられます。そのとおりだと思います。では私たちの課題とは、労働組合とはなんであるかを、その具体的な姿・取り組みを通じて伝えることではないでしょうか。労組関係者に挑発的によく申し上げることですが、若者の組合「離れ」以前に、くっついてもいない現実をリアルに受け止め、しっかり伝えていきましょうぞ。/素晴らしい教材ができました。札幌地域労組・恵友会支部のみなさまに感謝申し上げます。

札幌地域労組

http://www.infosnow.ne.jp/~sgu/index.htmll

共著『学校で労働法・労働組合を学ぶ』きょういくネット
http://www.kyouiku-net.com/
http://www.kyouiku-net.com/sinnkann.htm  



 
▽2015.11.20
 新しい労働組合づくりにむけて、yamada shingo ‏さんのtwitterで告知されている、4つの「これから新しい労働者になる大学生・社会人・高校生向け情報」を紹介しておきたい


 【1】まんが知って役立つ労働法Q&A (PDF)
 yamada shingo @syashingo· 2015.11.19
【定期bot】大学生・一般労働者向けに厚労省が作っている冊子。
厚労省「これってあり?~まんが知って役立つ労働法Q&A~」 

 これってあり?~まんが知って役立つ労働法Q&A~厚労省

 http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/mangaroudouhou/

 

 就職を控えた学生などが、働き始める前やアルバイトをするときに、最低限知っておいてほしいルールをまとめたハンドブック「これってあり?~まんが知って役立つ労働法Q&A~」を作成しました。
 労働法について分かりやすく解説している内容になっていますので、これから働き始める前の参考資料としてご活用下さい。

 労働法のことをより詳しく知りたい方は、 「知って役立つ労働法~働くときに必要な基礎知識~」 と併せて読んでいただくと、より理解が深まります。

 知って役立つ労働法~働くときに必要な基礎知識~

 http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudouzenpan/roudouhou/index.html


 【2】新しい労働組合をつくった人たち
 学校で労働法・労働組合を学ぶ―高校編、発行 川村雅則研究室(北海学園大学)、2015年11月 (P
DF)

  

  yamada shingo @syashingo· 2015.11.19
 川村雅則研究室(北海学園大学):「学校で労働法・労働組合を学ぶ(高校編)」 http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/15.11labour … 札幌地域労組が田井自動車支部(消防車を作る会社)を結成し、その後会社とどう闘ったか。組合結成で何が変わったかなど働くものの権利を高校生に講演した際の報告文。

 ○労働組合を知らない人にそのすごさを語るのは難しい。そもそもロードークミアイって何? という感じだからだ。
 ○あるいは、いや、ロードークミアイとやらのすごさはわかったけれども、ジブンにはとても無理、と思わせてしまうこともある。何かまるで、労働組合の人たちはジブンとは住む世界が異なる人たちとでも思わせてしまうかのような。
 ○しかしながら実は、労働組合に参加している人たちもまた、以前は、ロードークミアイ? それは何? という人たちだったのだ。みんな最初はそうなのだ。
 ○その当たり前の事実を伝え、なんだ、労働組合なり組合の活動というのは、フツーの人たちが自ら作っていくものなのだというのを理解してもらうこと。それは、労働教育においてもとても重要だと思う。
 ○さて、今回、労働法や労働組合を高校生に教えるという企画で、札幌地域労組の鈴木一さん(副委員長)と橋本良太さん(田井自動車支部 支部長)とご一緒することになった。
 ○橋本さんたちは、労働法も労働組合もまったく知らなかった状態から、札幌地域労組への相談をきっかけに組合を結成し(2012年5月)、長時間労働に加えて違法な固定残業制という事態を改善させた人たちだ。
 ○もっとも、ことは簡単に進んだわけではない。団体交渉を会社に拒否され、労働審判を起こされるなど、不当労働行為も数々経験したという。全面解決に至るのは14年の秋だから、組合の闘いは2年以上に及んだことになる。
 ○イッタイ、お二人は高校生にどんな話をするのだろうとわくわくしながら講義を聞かせてもらった。これはそのときの橋本さんの話を記録したものだ。
 ○なお田井自動車の事件の詳細については、以下の文献を参照されたい。
 ※ 本企画は、新岡昌幸先生、三浦直登先生を中心とする恵庭南高校(定時制)のみなさんの力で実現した。
 ※ 本文中の写真は、札幌地域労組から提供いただいたもの(組合結成後に撮影されたもの)。
 • 川村雅則ら(共著)『学校で労働法・労働組合を学ぶ――ブラック企業に負けない!』きょういくネット、2014年
 • 鈴木一「不払い残業問題から組合結成 : 数々の不当労働行為はね返し団結強める 」『月刊労働組合』第603号(2014年11月号)
 • 鈴木一「組合をつくってよかった : 俺たちは奴隷じゃない! : 不当労働行為に抗して闘う若者たち」『月刊労働組合』第582号(2013年3月号)

 【3】高校生向け労働法パンフレット。
 yamada shingo @syashingo· 2015.11.19
【定期bot】高校生向け労働法パンフレット。 東京都「これだけは知っておきたい働くときの知識 高校生版」http://www.hataraku.metro.tokyo.jp/sodan/siryo/hikkei_koukou.html … …
 はじめに
 東京都では、早い段階から労働法の基礎知識をもっていただきたいと考え、高校生に対して本パンフレットを作成しています。社会に出るに際して必要となる求人票の見方、職業生活で必要となる給与明細の見方などを解説するとともに、将来、職場生活上のトラブルに遭遇した場合、どこに相談に行けば解決しやすいのかを説明しています。本パンフレットが職業生活の第一歩に役立てれば幸いです。
 平成27年6月
 産業労働局雇用就業部
 
http://www.hataraku.metro.tokyo.jp/sodan/siryo/hikkei_koukou.html

 【4】高校生・大学生・専門学校を卒業された方へ
 yamada shingo @syashingo· 2015.11.19
 【定期bot】高校生・大学生・専門学校を卒業された方へ。全労連作成「働くあなたに贈る権利手帳(通称:働くものの権利手帳)」  

 http://www.zenroren.gr.jp/jp/data/2015/techo2015.pdf




 中西五洲さんの思い出――主な論文・エッセイ抄(PDF)   ▽2015.02.24

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 △『労働組合のロマン』(労働旬報社、1986年)表紙写真

 中西五洲さんが最も大事にしたテーマは、「大衆運動における法則性」だった。

 1978年12月に書いた青木書店の『現代と思想』の「大衆運動における法則性」(34号)で最初にまとまって発表されている。
 そして『日本の労働組合運動をどう建てなおすか : 労働戦線統一/春闘再構築/大衆運動の法則性』(合同出版、1981年11月)、『労働組合のロマン : 苦悩する労働組合運動からのレポート』(1986年2月、労働旬報社)という単行本の中でも追求されている。

 その後、1992年8月から1993年3月号まで月刊雑誌『部落』(部落問題研究所出版部)に書かれた「ある活動家の追想と提言(ひとりごと)」の中に、まとまって展開されている。

 「ある活動家の追想と提言(ひとりごと)」では、「大衆運動の法則性」(連載㈢)というページで、いくつかのポイントを書いている。

 「大衆運動の法則性」の実践的視角は、次の3点としている。(以下、《 》内文章は五洲さん)
 《第一は「要求発展の法則」と私が名づけているものです。第二は「自発性の法則」で、これは「やる気の法則」といってもよいでしょう。第三はリーダーシップの法則です。》

 五洲さんは、50年を経た民主的運動に関わって、法則性の研究が大変遅れていると強調している。

 《大衆運動のなかにはいくつかの重要な法則が働いています。大衆運動を成功させようと思うなら、この法則性を研究しなければなりません。しかしこの研究が大へん遅れているというのが、五○年近くを大衆運動に従事してきた私の実感なのです。
 大衆運動は、労働組合、協同組合を始め、平和運動、政治、経済、文化運動などに、草の根的運動を加えれば、国民のほとんどが何らかの形で参加している巨大な運動であります。この巨大な大衆運動を貫いている法則性を研究し、一つの「科学」として確立することは、民主的運動に参加している人々の責任だろうと思います。》

 しかし、この「要求発展の法則」を提唱し実践活動にリーダーシップを発揮した五洲さんに対して、「経済主義者」という罵声を浴びせる人たちがいたようだ。

 《私は「要求発展の法則」を実践的に検討していましたから、「経済主義者」と公然と批判されてもひるみませんでした。》

 五洲さんは、連載の㈡―「自分の頭で考える」のなかで、私が「大衆運動の法則性」という視点を明確にもつことができたのは、「中国の劉少奇主席の『大衆組織の根本問題」という小冊子でした』と書いている。

 《中国の劉少奇主席の『大衆組織の根本問題」という小冊子でした。これは実に素晴らしい論文です。残念ながら今はほとんど顧みられず、入手も困難だと思います。この論文に教えられ、はげまされて私は「大衆運動の法則性にもとづく指導」をまとめたのでした。残念なことに劉少奇は文化大革命の犠牲となり獄死させられるのです。ソ連や中国の社会主義に劉少奇のような考えが貫いていたら、今日のような事態は絶対おこらなかったと思います。》

 戦前からの労働運動のリーダーの「原初的思い」は、教科書的世界観を超えている。

 その極め付きは、以下の文章だろう。このレーニンの外部注入論批判は、『労働組合のロマン』(1986年)の書評が掲載された「赤旗」紙でもクレームがついているが、1992年になってもひるむことなく展開している。

 《さて、大衆運動の法則性にかかわって、私が三○年間温めてきたテーマがあります。それを皆さんにも一緒に考えてほしいのです。
 それはレーニンの「何をなすべきか」という著作です。これは最近まで大衆運動のバイブルのような役目を果たしてきました。私も何度読んだかわからない程です。運動がわからなくなると、これを読みました。
 当時大衆運動をやっていた幹部の多くはそうだったと思います。
 この著作のなかに有名な「外部注入」論というのがあります。大衆運動には正しい科学的視点や方針を外部から注入しないといけない、この注入する役目をもつのが、労働者階級の前衛である党だと言うわけです。たしかに労働組合は自然成長的要素を多くもっています。党の方がより目的意識的であり、科学的視点にたっていることも事実です。しかし、目的意識性や科学性が党だけのものであり、大衆運動が自らの必要から、目的意識性や科学性をもつことができないというのは独断だろうと思います。こういう理論からソ連型社会主義では、大衆組織の独立、独自性が犯され、党支配が合法化されていったように思います。
 こういうレーニンの考えは、私が実践してきた大衆運動の法則性という考えと合致しません。さきにあげた中国の劉少奇主席は大衆運動の法則的発展という考えを明確にのべ、法則性を掴まなければ大衆を組織することはできないとのべています。レーニンと劉少奇
 では全く好対照をなしています。レーニンには、大衆運動の法則的発展という考えはありませんから、結果として大衆組織を軽く見、党を重く見すぎるということになったように思います。よく、レーニンは正しかったのだが、スターリンがねじ曲げたと言う人がいます。私はそうではなく、ソ連型社会主義の理論的枠組みをつくったのはレーニンであり、その理論に弱点、相当大きな弱点があったからこそ、この社会主義は一定の成果をあげながらも、内部崩壊せざるをえなかったのだと思います。「何をなすべきか」の弱点をえぐり出し、大衆運動の法則性という視点と、その法則性を具体的に明らかにすることが、当面の緊急事のように思います。》

 五洲さんの遺言のような“「何をなすべきか」の弱点をえぐり出し、大衆運動の法則性という視点と、その法則性を具体的に明らかにすることが、当面の緊急事のように思います”という文章は、次の世代が、ヨーロッパや諸外国のさまざまな経験(地域産業別労働組合運動、ワーカーズコープ運動などの協同組合運動、社会的経済・社会連帯経済、文化運動、社会保障運動、地域コミュニティ運動)を踏まえて、生み出してほしい。


◇中西五洲さんの略歴
 1922年三重県多気町に生まれる。1941年法政大学入学、中退。1943年治安維持法で逮捕、懲役3年の実刑。1945年10月マッカーサー指令で釈放。1950年松坂の失業対策事業に就労。自由労組をつくる。1953年全日本自由労組(全日自労)を結成、初代委員長。断続的に3期18年間委員長をつとめる。1972年三重県民生活協同組合を設立。以後18年間理事長をつとめる。1979年中高年雇用福祉事業団全国連合会を創立。初代理事長

▽2015.02.15
 中西五洲さんの主な単行本・論文の紹介
  • ▽2014.11.16
    ・中西五洲さんの思い出


     中西五洲さんと出会った当時、第一に「全国的観点」という言葉を盛んにおっしゃっていた。

     失業対策事業の労働者(ニコヨンさん)を主たる組織対象とする労働組合運動(全日自労、最大時23万人を組織し、総評傘下の単組としては自治労、日教組に次ぐ組織人員であった)に自らを置き、政府・労働官僚・自民党の政策動向=公的就労施策の変化を読み取るリーダーだったからだろう。
     国労や全電通などの公労協の組合リーダーもその意識が強かったが、企業別組合をベースとして単産に出てくる民間幹部は、少なかった。
     三田クラブなどでレクチャーした全民労協(のちに連合)の側に立ったリーダーは、「政労使・コーポラティズム」の形成を図っていたので、官僚に相当サジェスチョンを受けていたようだ。
     五洲さんは中西功(元参議院議員)の血のつながりからか、当時の共産党正統派ではなかったことによって、全国的政治動向に敏感に判断をする必要があったのではないかと思う。

     
     「夕刊三重」は次のように伝えている。
     五州さんは多気町土羽の生まれ。長兄は元佐奈村長の且さん。次兄はゾルゲ事件に関連して検挙され、無期懲役の判決を受けたが、戦後釈放され参院議員(共産党)になった功さん。五州さんは12歳年上の功さんの影響で反戦思想に関心を持ち、法政大学在学中に治安維持法違反で逮捕。三重刑務所で空襲に遭い、九死に一生を得て戦後釈放された。 13/11/18夕刊三重7面 (一部略)


     第二に「大衆運動の法則性」ということばだ。
     前回紹介したように(「中西五洲さんの思い出」)、「松坂職安事件」闘争で警察署の周りで声を上げた多くのニコヨン労働者の励ましが、一人のリーダーを育て上げたと自ら書いていたが、「大衆」といわれた労働者への信頼を基礎に持った労働組合運動家だった。
     労協運動を始めた時に、「徹底民主主義」という言葉もよく話していた。

     東京の下町で長年、労働組合活動で、多くの未組織労働者、非正規労働者の組織化をしている石川源嗣さんは、次のように語っている。
     “全日自労というのがありましてね、そこの中西五洲さん、この人がよく言っている言葉で、「みんなで討議、みんなで決定、みんなで行動」がある。労働組合で大衆路線を実行する時は、これが大事なんですよ。
     私も労組つくりでは、「みんなで討議、みんなで決定、みんなで行動」というのを強調します。それを組合結成時だけではなく、組合で活動している間、全部そこを頭においてやらないとダメなんですよと。これが大衆路線なんですよ、という話をするんですよ。これらが東部労組の根幹の性格だと思いますね。“
     《東部労組と全国一般協議会を語る――労働運動活動家全国ネットワーク「LANN」2009年春号掲載》:石川源嗣さん(全国一般全国協議会副委員長・全国一般東武労組)に聞く。》 

    http://nugw.kir.jp/opinion/isikawalann.pdf


     この「大衆運動の法則性」については、『労働組合のロマン――苦悩する労働組合運動からのレポート』(1986年2月)の「赤旗」書評で「レーニンを批判しているのはけしからん」、という批評もあった。

     この本の帯は私が書いている。
     “なかま”とともに歩んだ労働組合人生!! 「全日自労とともに35年」、失対の“なかま”を組織し、底辺から“人間らしい生活”を求めつづけた組合幹部の自伝風戦後史。「心の通いあう労働組合づくり」「大衆運動の法則性」「民主的改革」「事業団運動」など日本の労働組合運動の再建へ提言し、「人間の幸せとは何か」を考える。

     この言葉の原点は「劉少奇(中国共産党幹部)から教わった」(『大衆運動の根本問題』、昭和14、15年頃の論文)と『日本の労働組合運動をどう建てなおす』(中西五洲著、合同出版、1981年11月)では書いてある。

     第三は、「自立と愛と協同」という言葉のメッセージだ。
     1980年代のセンター事業団(現在のワーカーズコープ)の会議が「伊豆の国労教育センター」で行われていたとき、「愛と協同」という言葉はどうだと聞かれたので、即座に「それは賀川豊彦が言っているのではないですか。やっぱりキーワードは“自立“を入れたほうが、五洲さんの“雇われ者根性“論のバージョンアップになるのではないですか」、と話したことがある。
     その日の会議で、レジュメに入っていなかった「自立」を入れて論理を展開していた。

     そのほかにも、「5つの危機論」――核戦争の危機、環境破壊の危機、人間性の危機、経済の危機、資源問題の危機などを講演や論文の中にいつも展開していたが、五洲さん一流の「社会革命論」だと思ったことも、書いておく。

     中西さんは、リーダーの先進性を常に追い求めていながら、その内実には、労働者個々の置かれた状況――レッドバージされて失業した政党活動家たち、戦争で日本に復員してきた戦争被害者となった兵隊上がり労働者、企業整理で失業している=男性集団、戦争で寡婦になった女性集団、乳飲み子を抱えて就労してきた女性など、失業と貧乏に陥れられた労働者の気分・感情をくみとって政府・労働官僚に攻めのぼった労働組合活動家・協同組合リーダーだった。

     多くの労働組合が「企業内組合」なので、そこからはなかなか全国的観点を持つユニオンリーダーは育ってこないというのが現在の労働組合運動陥没の原因だ。
     やはり企業別組合は「労働者の人間発達」を阻害している。
     格差社会のなかで「高給をはむ、名ばかり企業内組合幹部」は、もう退席する時代なのではないか。

     最後に、「民革型」労働組合運動の後継者がいないことは残念だ。


     輝かしい労協運動20年を振り返って、中西五洲、『21世紀への序曲――労働者協同組合の新たな挑戦』(日本労働者協同組合連合会編、シーアンドシー出版1999年9月)(PDF版)

     

     <随想>ゾルゲと尾崎さんのこと――サン・シャイン(元東京拘置所)を横に見て、中西五洲(中高年雇用・福祉事業団全国連合会)、協同総合研究所、『協同の発見』1992年1―2月、第5号



    ▽2014.07.30
    中西五洲さんの思い出


     労協連総会とセンター事業団総代会(「日本労協新聞」2014年7月5日号)の冒頭で理事長の永戸祐三さんは、2013年11月16日、91歳で死去した中西五洲さん(1922〔大正11〕年生まれ)を追悼して、次のように講演の中で語っている。
     “中西さんとは、激しくやりあったこともあったが、中西さんは、自立的、自主的に大衆運動を考えようとしていた人だった。

     学生時代、治安維持法違反で検挙され投獄された。戦後、失業対策事業に就労し、「松阪職安事件」で逮捕された時、中西さんに聞こえるように自発的なデモがおこった。中西さんはその時、「仲間を信じられる」と思い、事業団でも「自立と協同と愛の人間に育とう」、また「育てるような環境としての組織でなければ」、と主張した(人だった)。“

     「昔軍隊、今総評」とマスコミで評された時代(編集子が知っているのは1970年代から)、総評大会で反主流として演説したのは、細井宗一(国労革同)さん、引間博愛(全自運のち運輸一般)さん、紙パ労連の人など、本当に少なかったなかで中西五洲さんはニコヨンさんの労働者を組織した全日本自由労働組合(全日自労)委員長として、「失業と貧乏をなくすための労働組合を」と滔々と演説し、総評の岩井事務局長に迫っているのを記憶する。
     1980年代になると三重県で市民生協をつくりだし、町づくりをすすめる労働組合、社会的責任を持つ労働組合運動としての「民主的改革路線」など、不思議と主流派の中にも、問題意識がつながる労働組合リーダーだった。
     編集子も松阪職安事件をベースにした『労働組合のロマン――苦悩する労働組合運動からのレポート』(1986年刊)の編集・制作に参加した。その前に出た本が、『日本の労働組合運動をどう建てなおすか―労働戦線統一/春闘再構築/大衆運動の法則性 』(1981年11月)だ。

     民主的改革をめざす全日自労のたたかいの経験は、シーアンドシー出版時代に、次の本でまとめた。執筆者は木下武男さん、手島繁一さん、矢吹紀人さんだ。
     『皆でたたかった50年―全日自労三重県本部の歴史』(全日自労建設一般三重県本部、 協同総合研究所、1996年)
     ▽参考:『皆でたたかった50年―全日自労三重県本部の歴史』の刊行に当たって、手島繁一、『協同の発見』、1996年6月号、第51号


     http://jicr.roukyou.gr.jp/publication/1996/51-14.pdf


     民革路線について、黒川俊雄慶応義塾大学教授の還暦記念論集に永山利和さんがまとめて執筆した文献を以下にUPした。
     労働組合運動の民主的改革路線、中西五洲・永山利和、労働組合の民主的改革、1985年3月

     その後は、ジャーナリストの岩垂弘さんが「第148回 新たな挑戦・労働者協同組合― もの書きを目指す人びとへ」で、以下のように業績を紹介していることなどでも有名になった。
     http://www.econfn.com/iwadare/page256.html


     事業団の設立は各地に伝播した。一九七九年には三十六の事業団の代表が熱海市に集まって事業団の全国組織「中高年雇用・福祉事業団全国協議会」を結成した。そのうち、事業団を協同組合の一つ、労働者協同組合と位置づける方向が協議会内で強まり、それに伴って一九八六年には名称を「中高年雇用・福祉事業団(労働者協同組合)全国連合会」と変えた。さらに、一九九三年には「日本労働者協同組合連合会」と改めた。
     この事業団方式を生み出し、全国に広げてゆくうえで強力なイニシアティブを発揮したのは中西五洲氏である。同氏は全日自労の委員長を務めたあと、中高年雇用・福祉事業団全国協議会、中高年雇用・福祉事業団(労働者協同組合)全国連合会、日本労働者協同組合連合会の各理事長を務めた。

     協同総合研究所を創立した折にともに尽力した法政大学経営学部名誉教授の角瀬保雄さんが、『理想社会への道』(2005年2月)発刊のときに発表している文章があるので、ぜひ一読してほしい(非営利・協同総合研究所いのちとくらし「研究所ニュース」発行日2005年05月16日)。

     中西五洲『理想社会への道』

    ▽追記 生前、最後の発言かもしれない。

    ○元全日自労中央執行委員長、中西五洲氏に聞く、「全労交通信」第15号(2013年10月20日発行)
     

    http://zenroukou.jimdo.com/2013/11/02/元全日自労中央執行委員長-中西五洲氏に聞く/


    ▽2014.07.30
    民主的改革の労働組合運動を
    労働組合運動の民主的改革路線、中西五洲・永山利和、労働組合の民主的改革、1985年3月――黒川俊雄慶応義塾大学教授の還暦記念論集



    ▽2014.07.17
    自覚的・階級的労働運動をになった人たち――その3
    日本鋼管・NKK一労働者の手記――60年安保後の鉄鋼産業資本の政策と自覚的・階級的労働運動の対抗ボランティアへの歩み・・・一人はみんなの為に みんなは一人の為に・・・、谷川のせせらぎ 〕
    NKK京浜労組役選介入・不当労働行為事件の闘い
    鉄の扉ひらいた男たちー神戸製鋼争議勝利総括集

    ▽ 2014.07.14  「木下武男のページ」を更新
    木下武男さんの問題提起を受けて学習会――関西管理職ユニオン、2013年6月22日~23日
    FACE、vol198、2012.09.14(上)~FACE、vol199、2012.10.12(下) PDF版
    労働者の現状と管理職ユニオンの方向性、仲村書記長、2013年6月22日~23日高野山清浄心院にて、関西管理職ユニオン――関西生コン(木下武男報告)、全港湾の運動から学ぶ



  •  ◇金属労働戦線の現代的課題を追求   ▽2018.05.30

    • 総評・全国金属はなぜ変わっていったのか
      ――青木慧著『ニッポン偽装労連』(1989年、青木書店)(PDF版)


    •  たたかう労働組合つぶし 「民主化運動」

       大企業偽装労組や秘密労務組織の「大企業労働観合の諸君」は、産業別や全国的な組織に結集し、「民主化運動」と称して、宮田松下政経塾塾長がいう「共産党と左派を排除するという運動」を展開していった。宮田塾長が金属労協(IMF・JC)議長だったころから、女房役の事務局長だった瀬戸一郎副議長は、事務局長当時の八二年に、私のインタビュー(『日本式経営の現場』)に答えて話している。
       「全造船なんていま七〇〇〇人くらいのちっちゃな組織になってますけどね、昔は大いばりの組合だったんです。七万人くらいいて主力が三菱と石播とでね。それで同盟グループの造船というのは、三万人くらいしかいなかった。それで全造船へ何回も行ってね、当時、委員長やってた柳沢錬造〔現民社党参院議員〕に会って、IMFに入るべきだと話をしてね」
       「JCをつくる段階では結局だめだった。それで同盟系の造船三万人がJCに入ってきた。これはいまJC顧問の古賀専さんがね、右の方の中心でね。彼が引き連れてきた。それでJCとしても形をなしたわけですけどね。それによって、うちの方は、JCへ入ってこないところをとことん攻撃してですね、つぶしたわけですからね、それで全造船つぶれちゃったわけね」
       石播重工の労働組合を偽装労組化し全造船を脱退させた中心人物は、世界民主研究所に出入りしていた 鍋山貞親の弟子たちだった。いっしょに出入りしていた竪山連合会長も第三章で話していた、金杉秀信、市川健三、荒川和雄といったメンバーだった。彼らは、鍋山青年団の独青にも加わり、石播重工の秘密労務組織である石川島民連の中心メンバーであり、全造船内の二八会の中心でもあった。
       なかでも、金杉は秘密労務組織の全国組織、全国民連の代表幹事(会長)をつとめたこともあった。全造船を脱退すると同盟加盟の造船重機労連を結成して委員長となり、同盟の副会長や全民労協副議長などをつとめた。中曽根政権のもとでは、宮田塾長とともに臨教審の委員に登用された。
       全造船の場合は、二八会の秘密労務組織が石播重工などの大企業労組を偽装労組化すると脱退したが、鉄鋼労連の場合は、鉄鋼連絡会議に属する各社の秘密組織が各社で偽装労組化に成功しても脱退しないで、鉄鋼労連全体を牛耳り偽装労組化した。中小の関連企業の労働組合も、鉄鋼労連と鉄鋼連絡会議が会社側と連携して偽装労組化していった。
       鉄鋼労連加盟組合のなかで「鉄の最左派」といわれた日本ステンレスの組合は、中小組合の中心になっていた。だが、八葉会という秘密労務組織が組織され、定石どおりに偽装労組化されていった。旧執行部の幹部たちは社会党員だったが、解雇された。八葉会は、会社まるがかえで育成されたが、同時に鉄鋼労連と鉄鋼連絡会議に指導されていた。
       このようにして、総評加盟の民間単産は、大企業偽装労組や秘密労務組織の「大企業労働組合の諸君」につぎつぎと牛耳られていった。総評の民間単産のなかで、自他ともに「たたかう左翼と認めていた全国金属も、総評が「労働戦線統一」の路線をとっていくとともに、連合加盟の路線に転換させられていった。第二章で登場した、佐竹全金委員長のもとで筆頭副委員長をつとめていた中里忠仁金属情報機器労組委員長に、その経緯を聞いた。
        ―どういう状況のなかで、総評ばかりか全金までが路線を転換させられていったのですか―
       総評は、七単産ではじまった春闘方式も一〇〇単産を超える巨大な力になっていった。その経過のなかで、総評を弱めようとする勢力が、絶えず裏側で働いていたわけですよ。総評は、同盟と違って、安保闘争をやるとか、反動立法に対する闘争とか、少なくともたたかう路線をとってましたから。
       金属労協の提唱によって、政策推進労組会議とか賃金闘争連絡会議とか、総評を外側から崩す包囲網というのが、約二〇年間かかってつくられてきたと、私は見ているんですよね。その中心に座ったのが、鉄鋼労連の宮田義二さんであるし、その弟子の中村卓彦とかでね。あるいは、自動車関係では塩路一郎とかね。とくに自動車労連(日産労連)の塩路は、全金のプリンスを全金から脱退させるんですがね。全金もその当時は、歴代の立派な指導者がいましたから、とくに権利闘争とか合理化闘争というのを、非常に熱心にまじめにやってきた単産ですから。それを弱めようという勢力が、背景ではかなり鋭かったですよ。

      ◆クリックしてPDFでお読みください。




    • 労働組合運動の再生・強化と日本型産業別組合の可能性 小林宏康[3]特集●労働運動の再生と産業別組織の課題、「労働総研クォータリー」、2015年夏号(2015年7月発行)(PDF版)
    •  1 労働組合運動の現状をどう見るか

        1)労働戦線の再編・新自由主義的改革と労働運動
         〈戦後労働運動史上最大の画期、労働戦線の右寄り再編〉
         〈新自由主義的改革・新日本的経営と再編後の労働運動〉

        2)連合春闘による春闘の形骸化と全労連・国民春闘
         〈70年代前半までの春闘、その到達点〉
         〈「経済整合性論」と労働戦線の再編〉
         〈連合春闘と春闘の形骸化〉
         〈だれが国民春闘の到達を引き継いだか〉

       2 労働運動再生の契機と課題

        1)社会的諸矛盾の激化と労働運動再生への契機
         〈「貧困と格差」の増大と「たたかう労働組合」の可視化〉
         〈一致する要求での共同行動の前進〉
         〈安倍政権の2つの暴走と労働運動の再生〉
        2)春闘再生の課題と国民春闘再構築の展望
         〈春闘再生への動きと安倍「官製春闘」〉
         〈なぜ・いま、全国的統一賃金闘争=春闘の再生なのか〉
         〈統一闘争を強めるため特に重視する3つ〉
         〈ストライキでたたかえる組織をどう増やすか〉
         〈全国組織、地方・地域組織の課題〉
         〈年功賃金と終身雇用制をどうとらえるか〉

       3 産業別組合組織の役割と課題

        1)日本の労働組合をどうとらえるか
         〈産業別単一組合をめざす運動の挫折〉
         〈西欧の労働組合に関する一面的図式的理解〉
         〈日本の労働運動を担うのは裸の企業別組合ではない〉
        2)「日本型産業別組合」の可能性―その方向と課題
         〈企業別組織を基本単位とする産業別組織〉
         〈産業別組織の強化と企業別組織の弱点克服〉

        3)労働運動の主な領域における産業別組織の役割と機能
         〈賃金・労働条件の維持・改善をめざす統一闘争の組織〉
         〈企業の倒産・「合理化」から労働者の雇用と生活を守るたたかい〉
         〈産業・業種、仕事のあり方に対する取り組み〉
         〈組織の強化・拡大をめざす取り組み〉

       むすびにかえて 連合体から単一組織へ


    ▽2014.07.06
    「すべての労働者のための労働組合へ」
      ――JMIUを機軸に労働組合運動の進路を問う

     総評時代、「たたかう全金」というアピールを高度成長時代に行った組織があった。
     前者の総評も忘れさらえようしとしているが、いまこそ若い世代に「全金」を覚えてほしい。そして小林さんが強調する――その積極面=「闘う伝統」の継承を自負するJMIU(全日本金属情報機器労組)――の意義について学び、「日本型産業別組合、その単一組織への前進」の可能性を発展させるために、2本の論文をUPする。


    非正規・未組織労働者の組織化と産業別組合の強化  
       ―すべての労働者のための労働組合へ―、労働総研クォータリーNo.76・77、小林 宏康[2 ](PDF版)

    はじめに

     この小論は、ここ10数年の新自由主義的な改革(「構造改革」)が引き起こした変化――端的にいえば、急増する非正規労働者の問題――に労働組合がいかに対応するべきか、組織問題を中心に論じている。
     2008年秋以降の「非正規労働者の組合結集」「派遣村」をめぐる事態は、否定的色合いの濃かった労働組合に対する社会的評価に変化をもたらした。マスコミの報道は、非正規労働者の過酷な実態とともに、人として抗議の声を上げる彼らの拠り所となった労働組合の姿をも可視化し、組合への評価は高まった。しかし肯定的評価は、いまなお「既成労組」とは区別された新しいタイプの組合(「ユニオン」)に限定されがちである。ワーキングプアの激増、格差と貧困の急速な拡大を許した「既成労組」、これに立ち向かう非正規労働者を中心の「ユニオン」――こうした見方がその底流にある。「既成労組」をひとくくりにして否定的にとらえる見方は、その企業別組合という組織形態を「諸悪の根源」とする。
     第1節ではこうした見方に修正を求める意図もあって、非人間的な非正規労働の拡大を許した労働側の全体状況を概観し、現状打開の課題を組織と運動の視点から提起した。組合に結集してたたかう非正規労働者は、翌年初めには千の単位で数えるまでになり今も増え続けている。そこに新しいタイプの「労働運動」を見るのはいい。だがその実相を立ち入ってとらえれば、そこには「既成労組」の側の、自己改革をともなう「非正規労働」問題への真剣な対応が見えてくる。
     第2節は主にこの間題にあてた。だからといって、企業別組合の陥りがちな弱点やその克服が必要なことを否定する立場ではない。
     第3節では、企業別組合の弱点とその克服の方向を、日本の現実をふまえた産業別組合の構築、「連合組織から単一組織への前進」と考える筆者の主張を、一つの討論素材として提起している。
     なおサブタイトルには、産業別労働組合への移行の大きな契機となった1889年ロンドンの大ドック・ストライキをはじめとする「新組合運動」の旗印「すべてのための労働組合」(l)からとった。
    (1)「イギリス労働運動史Ⅱ」(G.D.Hコール著、林健太郎・河上民雄・義春元郎訳、岩波書店、1963年)193ページ



    全国金属―JMIUの産業別統一闘争   (PDF版)
      ―「日本型産業別組合の可能性」について―、小林宏康[1]

    はじめに
     本章の自約は2つある。主な自酌な、総評全国金属(以下「全金」ということもある)と、その積極面=「闘う伝統」の継承を自負するJMIU(全日本金属情報機器労組)における産業別兢一闘争とその到達点を示すことである。いま1つは、その荒い素描をふまえて、日本の労働運動の現状規定と再生の展望、さらには、いま私が「日本型産業別組合」の可能性について考えていることの一端を述べることにある。関連して、労働組合のビヘイビアは、なによりもその組合思想・基本路線や方針に規定されるが、同時にそのありようは組合組織の形態や構造とも深く関わりがあるというのが、この問題を扱う際の筆者の立場あることを書き添えておきたい。
     (本稿は、労働総合研究所の労働組合研究部会「産業別組合組織(単産)研究Ⅰ」から引用した)

     産業別組合組織(単産)研究Ⅰ、労働組合研究部会 ディスカッション・ペーパー
        目次
    第1部 海外の労働組合からなにを学ぶか――企業別組合の弱点克服をめざして
     第1章 ドイツにおける産別労働組合と事業所の関係  大豊光太郎
         ―産別機能の図式的理解を超えて
     第2章 イタリアCGILの組織構造と活動        斉藤隆夫
     第3章 米労働組合連動にかんする基本的整理     岡田則男
     第4章 現代アメリカ労働運動の断面         兵頭淳史
         ―組合の力量、組織形態および政治思想に関する覚書―


    第2部 日本の産業別組合組織――事例研究  (PDF版)
     第1章 トラック労働運動の到達点―全自運・運輸一般の闘いを通じて 国分 武
     第2章 国公労連の組織と運動について       熊谷金道
     第3章 日本医労連について            細野孝信
     第4章 港湾の産業別労働運動の概要        鈴木信平
     第5章 全国金属―JMIUの産業別統一闘争の到達点 小林宏康
         ―「日本型産業別組合の可能性」について-

    結成20周年を機に、真の産業別労働組合へ
    ――JMIUの20年の歩み

    JMIUは2月27日で結成20周年を迎えます。20年間の歩みは、真の産業別労働組合への挑戦の歴史でした。

    金属労働者の闘いの砦、12000人結集
     JMIUは、池貝における指名解雇撤回のたたかいなど、労働戦線の右翼再編に反対する「金属連絡会」の運動の上に、1989年2月27日、293組合・12000人が結集し、金属労働者のたたかいの砦として結成されました。
     同年11月には、たたかうナショナルセンターである全労連も結成されました。

    産業別団交を軸に「合意協力型」労使関係を
     JMIUは結成当初から産業別統一闘争を強化。春闘では、「3月決着」の方針のもと、統一ストを背景に連合相場を上回る「JMIU相場」をつくりだしてきました。
     バブル経済の崩壊、「新時代の日本的経営」路線と春闘解体攻撃の強まり、中小企業の倒産・経営危機が深刻化するなか、「雇用」「くらし」「将来展望」「労使関係」の四課題を提起。産業別団交を軸に、「合意協力型労使関係」の確立をめざしています。

    事件解決から労働組合づくり型労働相談
    10・5青年雇用大集会・パレード
    (2008年10月5日 東京)
     JMIUは、「組織建設が要求実現に直結する」という立場から、組織建設に全力をあげています。
     この間、地域支部の結成と活動、未組織宣伝と労働相談、「事件解決型から組合づくり型へ」などの組織方針を提起し、全国で実践が積み重ねられ、組合員拡大が前進しています。昨年秋からの「派遣切り」とのたたかいのなか、今年度はすでに1000人以上の仲間を迎え入れるなど、増勢に大きく転じる飛躍をつくりだしています。
     「二方面」、平和行進はじめ平和の闘いもJMIUは、「二方面のたたかい」の方針のもと、政治や社会のしくみを変える社会的なたたかいを重視しています。年金改悪や労働法制改悪など、重大な悪政の強行の際には、全国的なストライキに決起してたたかいました。
     「平和があってこその労働運動」との立場で、平和・憲法の課題でも奮闘。被爆50周年の1995年以降は毎年、東京・広島間の「平和行進」をリレー旗でつないでいます。平和行進には全国で毎年、約1000人の組合員・家族が歩いています。原水禁世界大会には、若い仲間を中心に多くの仲間が参加しています。

    資本の横暴とのたたかいの連続の歴史
     JMIUの20年間の歴史は、資本の横暴とのたたかいの歴史でした。
     1990年代前半、大企業の海外進出にともなう「産業空洞化」とのたたかい。徳島・船井電機闘争が倒産解雇のたたかいで親会社に賃金支払いを命じる画期的な判決を、三立電機闘争が、新会社の設立、親会社サンヨーに仕事発注を保障させました。
     JMIUといえば「丸子警報器」の臨時社員のたたかい。1993年、臨時者28人が長野地裁上田支部に賃金是正を求めて提訴。97年3月、「人はその労働に対し等しく扱われなければならない」、正社員賃金の8割以下となるような差別は「公序良俗に反し違法」とする画期的な判決をかちとりました。これは、パート労働法などその後の労働行政にも大きな影響を与えました。
    11・9日亜集会(2008年11月9日)
     1999年、ルノーから送り込まれたゴーンは、村山工場の閉鎖など「日産リバイバルプラン」を発表。全労連が全面的に支援するなか、翌12月には3300人が現地大集会、年明け一月には、日比谷野外音楽堂を5000人で埋める大闘争となりました。
     信州工場閉鎖・JMIUつぶしとのたたかいとなった高見沢電機闘争では、組合員100人が「希望退職」も子会社への転籍も拒否し、工場を守りぬき、現在もたたかっています。
     NCRの「座敷牢」隔離とのたたかい、民事再生のもと、企業再建・職場復帰をかちとった池貝など、数々の争議が展開され勝利をかちとってきました。

    すべての仲間の賃上げと非正規労働者の闘い
    光洋シーリングテクノの仲間
     JMIUは「すべての仲間の賃上げ」など、派遣・非正規労働者の要求をかかげて運動を強めてきました。
     トヨタの部品メーカー、徳島・光洋シーリングテクノでは、2004年、非正社員の仲間たちがJMIUに加入。全国で最初に「偽装請負」を告発、正社員化を求めてたたかい、直接雇用と正社員化をかちとりました。日亜化学の若者たちのたたかいは、「直接雇用」の約束破りとの、あらたなたたかいになっています。
     光洋シーリングテクノと日亜化学の仲間たちのたたかいは、「貧困なくせ」の世論と、労働者派遣法の抜本改正を求める全国的な運動を切り開きました。

    「派遣切り」との闘いと組織建設の前進
    「派遣切り」とのたたかいの「のろし」となった
    いすゞ自動車支部結成(2008年12月9日)
     昨年秋以降、「派遣・期間社員切り」の攻撃が吹き荒れています。
     いすゞ自動車ではたらく期間社員・派遣社員の仲間たちがJMIUに加入して、たたかいに立ち上がり、マスコミも大きく報道しました。このたたかいは、全国の派遣労働者・期間工の仲間を激励。労働者派遣法抜本改正をめざす運動と結合し、大きく前進しています。
     「雇用を守れ」と、外国人労働者も立ち上がっています。500人以上を組織している静岡・愛知から、全国にひろがる勢いになっています。
     昨年開かれた第40回定期全国大会は、「結成20年を機に、真の産業別労働組合へと前進しよう」とよびかけました。
     いまJMIUは、20年の輝かしい歴史の上に、あたらしい時代へと大きくはばたきます。
      http://www.jmiu.com/katudou/katudou_2009.htm より
       

      JMIUのホームページ


    全国金属における闘いの歴史
    書評:柳田勘次著『闘えなくなった企業別組合』早川征一郎、『大原社会問題研究所雑誌』2009年1月号、No.603)
    労働争議と単産の役割――清水明
    、第38回東京労働争議研究会
    金属機械反合闘争の到達点と発展方向、石川武男全日本金属情報機器労働組合(IMJU)副委員長、労働法律旬報、NO.1289、1992年6月10日
    産業別個人加盟労組運動の経験――全金品川支部地域支部の事例、長谷川義和、大原社会問題研究所雑誌 / 法政大学大原社会問題研究所 編、NO.348、1987年11月
    『追悼・岡安政和』(PDF版 「追悼・岡安政和」編集委員会、1982年6月) (一部訂正:2014.07.02)
    『社会のしくみと労働組合(増補改訂版)』――金属労働者の教科書、 全国金属労働組合、1971 年9 月25 日第1 刷発行、1976 年2 月10 日増補改訂版第1 刷発行

     

      * 本サイトの主なCONTENTS

    インターネット上の労働組合のいま、未来

     1 連合を担う人たちの意識と行動

    2 連合運動は「社会のバリケード」になれるか

       
    1960年代の「八幡製鉄所インフォーマルグループ」の育成文書

     
    3インターネット上の労働組合のいま、未来――書評・論点

     4 ユニオン・ショップ制を超える

     5 私たちの労働組合運動史論・あれこれ 

     6 コミュニティユニオン・合同労組・中小運動・地域共闘・社会的有用生産を担う ・ 

      7 全労連を担うひとたち

     8 全労協を担うひとたち 

       下山房雄のページ
     
       旧芹澤寿良のページ
      黒川俊雄のページ
     
      早川征一郎のページ
     
      中林賢二郎のページ
     
      五十嵐仁のページ
     
     現代労働組合研究会(旧)
     
     労働組合・ユニオンの動向
     
      連合を担う人たち
     
     労働組合・労働問題の本
     
     ユニオンショップを超える
     
      インターネット事業団
     
      シーアンドシー出版
     
      ある編集者のブログ
     
      全労連を担う人たち
     

NEWS新着情報




2017.08.07UP








2014.11.16UP











2014.02.11一挙UP(PDF版

InDesign・DTP初心者のために――DTP・InDesign5において―0 
脚注(数字)の付け方の発見――DTP・InDesign5において―1
「句読点の半角モノ」・禁則処理――DTP・InDesign5において―2
くの字点(くの2字分)の発見――DTP・InDesign5において―3
背幅と表紙づくりの寸法のとり方――DTP・InDesign5において―4
クエスチョンマーク(?)とビックリマーク(!)の合体記号(!?)の読み方――DTP・InDesignCS5において―5
○(まる)の中に文字をどう入れたらいいのか――DTP・InDesignCS5において―6
脚注・ルビ(数字)をショートカットで――DTP・InDesign5において―7



文化人・労働関係者のブログ

▽労働関係のHP
 
 
 
 
 
 
  (未完成)




労働関係研究者のHP・ブログ
◇リンク

芹澤寿良のページ

下山房雄のページ

黒川俊雄のページ

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川﨑忠文のページ
(回想の川﨑忠文)

今崎暁巳のページ(「今崎暁巳さんと私」)

早川征一郎のページ


五十嵐仁のページ

小越洋之助のページ

富沢賢治のページ

浅見和彦のページ

木下武男のページ

手島繁一のページ

現代労働組合研究会のHP
  
  労働組合・ユニオンの動向
  それぞれの労働運動史・論 1
  それぞれの労働運動史・論 3
  それぞれの労働運動史・論 4
  労働組合・労働問題の本
  ユニオンショップを超える
  連合を担う人たち
  全労連を担う人たち
  全労協をになうひとたち
  インフォーマル組織の過去・未来








編集人:飯島信吾
ブログ:ある編集者のブログ

企画・制作:インターネット事業団
インターネット事業団
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UP  2012年06月10日
更新  2014年07月06日
更新  2014年07月07日
更新  2014年07月12日
更新  2014年07月14日
更新  2014年07月16日
更新  2014年07月30日
更新  2014年11月16日
更新  2015年02月15日
更新  2015年02月23日
更新  2015年08月02日
更新  2015年11月20日
更新  2016年07月30日
更新  2016年08月26日
更新  2017年10月17日
更新  2017年11月03日
更新  2017年11月05日
更新  2018年02月19日
更新  2018年05月30日