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戦後社会運動史における北大イールズ闘争・白鳥事件および戦後学生運動史などを分析・研究。

2014年03月15日 UP

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手島 繁一(てじま しげかず) 1966年北大入学。北大教育学部卒。大学「紛争」時の北大学連委員長。元全学連委員長。法政大学大原社会問題研究所研究員および法政大学社会学部講師・協同総合研究所研究員などを務めた。
北海道にユーターン後、北大イールズ闘争や白鳥事件の歴史的分析につとめ、戦後の社会運動における学生運動史などを新しい視点で解明。

information新着情報

2021年4月29日
『北大1969―あのころ私たちが求めていたもの』ー日本共産党北海道委員会
2021年1月15日
『北大1969――あのころ私たちが求めていたもの』、(2020年12月25日、「北大1969」編集委員会編、代表 手島 繁一、発行 メディアデザイン事務所マツモト)
はじめに  編集委員会を代表して 手島繁一
目次一覧
奥付 
2021年1月15日
「唯一、激論の根底にあったものとは 手島 繁一」、――『ひたすら生きて 佐方信一 ある日ある時』(2020年3月15日発行、編者 佐方三千枝)
2020年2月01日
手島さんの近影――[出所:神田健策さんのfacebook]より。
2020年1月03日
『皆でたたかった50年−全日自労三重県本部の歴史』全日自労三重県本部・協同総合研究所編、シーアンドシー出版、1996年。
2016年2月22日
あとがき:手島繁一、『蒼空に梢つらねて――イールズ闘争60周年・安保闘争50周年の年に 北大の自由・自治の歴史を考える』
「北大5.16集会報告集」編集委員会
編集委員長・手島繁一、編集委員・大橋晃 河野民雄 國中拓 佐々木忠 白樫久 高岡健次郎 中野徹三 藤倉仁郎 森谷尚行
発行:白艪舎/発売:星雲社、2011年2月
2016年2月20日
占領期学生運動史に関するいくつかの論点――共産党へのヘゲモニーはいかにして失われたのか 元法政大学大原社会問題研究所 手島繁一、「労働運動研究復刊第29号」、2011年8月
2014年4月28日
戦後北海道の共産党 : 水落恒彦氏に聞く(2)(君羅久則 杉村泰教 井收名誉教授記念号) 今西 一、手島 繁一、手島 慶子、小樽商科大学人文研究 126、61―141、2013―12
樺太・共産党・アイヌ : 水落恒彦氏に聞く(1)、水落 恒彦、今西 一、手島 繁一、 手島 慶子、 小樽商科大学人文研究 124、1―54、2012―12 (profileのページ)
2014年4月28日
主な業績(profileのページ)など、国会図書館情報で更新。
2014年3月22日
今西 一「白鳥事件とは何か」、大石 進「戦後政治裁判のなかの白鳥事件――個人的体験を中心として」、白鳥事件資料抄録、河野民雄「白鳥事件を考える札幌集会」などの「「白鳥事件を考える集い・報告」をUP (PDF版)
2014年3月15日
「北大イールズ闘争の研究」をUP――『蒼空に梢つらねて――イールズ闘争60周年・安保闘争50周年の年に 北大の自由・自治の歴史を考える』
「北大5.16集会報告集」編集委員会
2014年3月15日
「戦後学生運動の歴史―その研究」をUP

21.04.29更新

『北大1969―あのころ私たちが求めていたもの――日本共産党北海道委員会

  





39人の回想記

 本書の核心が第2部の回想である。39本の個人回想記を軸に、それぞれの学部やサークル、そして職場等における北大1969紛争論となっている。北大紛争がどれほど深く、そして強く各人の心を揺さぶり、今なお影響を与え続けているのかが鮮やかに読み取れる。その影響は、各人のその後の人生にとって糧となっている場合が多いようであるが、逆に痛みとなって胸に突き刺さり続けている場合もある。どちらにせよ、紛争の中でもがき成長した若者の生きざまが凝縮されているといえる。

 回想記の寄稿に応じてくれたのは基本的には紛争に積極的に参加したメンバーであるが、紛争から距離を置いていたものを含めて紛争当事者であるとすると、北大1969の描き方もまた違ったものになるのかもしれない。本書はそこまでカバーすることはできなかったし、それは別の課題であるようである。可能かどうかは分からないが、小杉亮子のような生活史的手法が必要となるのであろう。

 北大は、学長解任問題など、現在は現在で大きな問題を抱えている。これに心を痛めている卒業生も多いであろう。半世紀前にも全学を挙げて大学改革に取り組んだ歴史があり、その一翼を担った学生の思いが「50年後の卒業文集」の形となったものが本書である。かつて、多くの青年が「わだつみの声」に耳を傾けたように、今の若者がこの思いに気付く機会を与えてくれる書である。(敬称略)

(小坂直人)

――「ほっかい新報」3月7日号より――




210115+210219更新

『北大1969――あのころ私たちが求めていたもの』新着情報

  ▼本書の申し込み先(Media Design Office Matsumoto:発売元のご案内)
『北大1969 ―あのころ私たちが求めていたもの―』価格: 1,800円(消費税含む)

   https://media-design.work/wp/?p=1838
 




 はじめに

   編集委員会を代表して   手島 繁一

 
われながら大仰な書名をつけたものだと思う。とはいえ、これ以外に表現しようがない、との思いも一方ではある。
 一九六九(昭和四四)年は、大学紛争が全国を席巻した年であった。年明けからして、東京大学のシンボルでもある安田講堂に立て籠もった学生たちと警官隊との派手な攻防戦が繰り広げられ、その模様を報じたテレビの視聴率は過去最高を更新した。東大と東京教育大の入試は中止となり受験戦線は恐慌をきたしたが各大学の入学試験は滞りなく実施された。
 と思う間もなく、四月に入って大学の入学式は、当時新左翼系といわれた暴力学生集団の乱入などによって荒れに荒れた。
 またたく間に、紛争は全国の大学に広がり、所によっては高校にまでも

210115+210219更新

『北大1969――あのころ私たちが求めていたもの』新着情報

  ▼本書の申し込み先(Media Design Office Matsumoto:発売元のご案内)
『北大1969 ―あのころ私たちが求めていたもの―』価格: 1,800円(消費税含む)

   https://media-design.work/wp/?p=1838
 




 はじめに

   編集委員会を代表して   手島 繁一

 
われながら大仰な書名をつけたものだと思う。とはいえ、これ以外に表現しようがない、との思いも一方ではある。
 一九六九(昭和四四)年は、大学紛争が全国を席巻した年であった。年明けからして、東京大学のシンボルでもある安田講堂に立て籠もった学生たちと警官隊との派手な攻防戦が繰り広げられ、その模様を報じたテレビの視聴率は過去最高を更新した。東大と東京教育大の入試は中止となり受験戦線は恐慌をきたしたが各大学の入学試験は滞りなく実施された。
 と思う間もなく、四月に入って大学の入学式は、当時新左翼系といわれた暴力学生集団の乱入などによって荒れに荒れた。
 またたく間に、紛争は全国の大学に広がり、所によっては高校にまでも広がって学園紛争と呼称された。政府も手を拱いているわけにはいかず、紛争の鎮静化のために権力的介入を可能にする大学臨時措置法を国会に上程したが、これがまた火に油を注ぐことになった。
 北大では、紛争は六九年四月十日の入学式の混乱に始まり、翌七〇年一月の機動隊による教養部封鎖解除と学内駐留で終結した、と公式文書にある。 本書は半世紀前、一九六九(昭和四四)年に、北海道大学の学生であった者たちが、北大紛争あるいは北大闘争といわれる事態のなかで、なにを思い、なにを求めて闘争に参加したり、あるいは紛争に巻き込まれたりしたのかを、それぞれに思い起こし書かれたものである。
 本書の企画の起点となったのは、紛争当時、北大経済学部の自治会組織であるゼミナール協議会で活動していたOBOGが呼びかけて開催された「北大闘争五〇年の年に語り合う夕べ」という同窓会(二〇一九年十一月四、五日、定山渓温泉)であった。紛争当時、経済学部の新任の助教授であった荒又重雄先生の講演を伺い、それぞれの来し方や近況などを交流し合った集まりの報告集を出版しようと、編集委員会が発足した。さらに経済学部の枠にとどまらず全学に呼びかけて寄稿を募ろうと準備が進められた。コロナ禍に見舞われたという事情もあったが、学部学年を広く網羅するには至らなかったことは編集委員会の力不足であり、お詫びするよりほかはない。本書の公刊が契機となって、北大闘争あるいは紛争についてのさらなる探求と対話が広がることを願うものである。
 ところで、本書の編集委員会や寄稿者の多くは、大学と学問が負っている社会的使命を果たすべく、「全構成員の自治」という新しい理念による民主化闘争を担った学生たちであった。これまで、大学紛争は全共闘系学生の封鎖や暴力、警官隊との衝突といったセンセーショナルな場面がことさらに強調された報道の影響もあって、その本質ともいうべき民主化闘争の位相が正当に評価されてこなかったように思う。本書は当事者の回顧や証言、歴史資料などをもとに北大闘争あるいは紛争を検証し、その歴史像を更新する試みでもある。
 それにしても、わたしたちの編集作業は五〇年という歳月の重さをあらためて実感させられるものであった。忘却、記憶違い、記憶の選択性などの限界ないしは難点は、常にわたしたちの前に立ち塞がった。だが、五〇年の歳月が育んだ豊饒さは、それらの難点をはるかに凌駕するものであった、とわたしたちは自信をもって言うことができる。それぞれの執筆者が当事者としてアイデンティティ・ヒストリーを語りながら、他方、五〇年の人生経験を経て得られた視点から自らを再審するという行為は、はからずも紛争あるいは闘争の多面性を、そしてそれゆえの複雑さと豊饒さを示すことになったのではないだろうか。闘争や紛争への関わりの如何にかかわらず、すべての人に公平に開かれた言論空間を提供することは、わたしたちがめざしたことのひとつであった。
 さて本書は、目次が示すとおり、一部・二部と資料編の構成になっている。第一「北大闘争とはなんだったんだろうか」は、報告集の起点となった荒又重雄先生の講演、当時の北大学連委員長であった手島繁一の論稿、六九年の日録風ドキュメントが収められており、いわば導入部になっている。
 第二部は本書の白眉とも言える部分で、三十九人の方が寄稿した回顧、証言論稿である。それぞれが担った北大闘争の諸断面を自分史と重ねながら綴った貴重な証言・記録の集積であり、これからも続くであろう歴史の掘り起こしや再検証に役立つと確信する。読者の便宜を考えて、所属した学部、サークル毎に整理して配置した。
 資料編は、本書の出版の基礎ともなった歴史資料のリスト、および年表である。歴史資料は「伊佐田・伊藤・岡旧蔵資料」(約三二〇点)と、「神田健策旧蔵資料」(約五〇点)の二つで、いずれも北大闘争の理解には欠かせない一次資料、ビラ、パンフレット、討論資料などをリスト化したものである。この二つの資料群は北大文書館に寄贈する予定であり、今後の歴史研究へのまたとない置き土産となろう。
 本書の構成について一言お断りしておかなければならない。本書は、本編ともいうべき第一および第二部と資料編という、本来別の本となるべきものを一冊の本としてまとめたため、本編部分は通常通り頁が前から後ろへと進むのに対し、資料編は本書の最後から前へと頁が逆に進むという、変則的な構成となっている。それがゆえに読者の利用に不便が生じることもあろうかと危惧するものであるが、歴史資料を大切にしたいという編集委員会の意図に免じてご寛容を願うものである。


『北大1969――あのころ私たちが求めていたもの』

はじめに  編集委員会を代表して    手島 繁一 

第一部 北大闘争とはなんだったんだろうか
第一章 《記念講演》 そこから何を学んで、私たちは生きてきたのか   荒又 重雄(北大名誉教授) 

第二章 私論「北大紛争」 手島 繁一 

第三章 1969北大ドキュメント
第二部 回想 わたしたちの一九六九

第四章 教養部
私の踏み出した第一歩と、今につながる二歩、三歩、四歩、ゴホッ 吉田 万三 
教養時代随想 君嶋 義英 
激動の一九六九年―封鎖と封鎖解除の中でのクラス・自治会活動 山口 博教 

第五章 農学部・工学部
たかき希望は 時代を照らす光なり 佐々木 忠 
苦い思い出 ジェンダー不平等時代 伊藤(増田)光枝
学問へのあこがれと自主ゼミ活動 守友 裕一 
「七二年北大事件」と私 山下 悟 
一九六九年当時の北大工学部の動向  編集委員会 

第六章 理学部
一九七〇年前後の北大理学部の動きと私のあゆみ 岡  孝雄 
『大学変革』の裏方としての思い出  北口 久雄 
北大闘争の思い出  宮下 純夫 
故二ツ川健二君・故卯田強君 そして理学部地鉱教室の日々(一九六七年十月〜一九七〇年三月) 大我 晴敏 
北大闘争五〇年に寄せて(一九六六年〜一九七三年)  山本 尊仁 
一九六九年北大闘争に身をおいたときを振り返って  江見清次郎 
大学のなかで、労組専従として  佐々木 章 
一九七一年頃の北大闘争を省みて 重本 直利 
「北大闘争五〇年」― もう一つの世界 小室 正範 

第七章 法学部
わが青春の楡法会(ゆほうかい) 山本 長春 
「茫洋の海、峻険の峰を求めて」自治会・サークル運動で培ったもの  吉野 正敏 
私の北大時代と今へのつながり  小田 耕平 

第八章 経済学部
一九六八年〜一九六九年の経済ゼミ協と私  越野 誠一 
私にとっての北大闘争 ― 今も残る「二つの謎」 上野 雅樹 
資本主義の貧困と未来  菊池 卓哉 
「自己変革」を迫られた「北大闘争」 紺井 博則 
求めた我々とは何者だったのか  山本 隆夫 
私の北大時代と今  石河 庄一 
五十年前のいくつかの場面、そして現在 君嶋(田辺)千佳子 
六九〜七二年北大闘争を担った私達 ― 経済学部を中心に当時を振り返りながら ― 木村 和広 
北大闘争と教育改革のゆくえ  小坂 直人 

第九章 薬学部、医学部附属看護学校、医学部附属診療放射線技師学校
北大闘争(紛争)の中での薬学部そして私 山下純一
看護学生として関わった大学紛争とその後の人生を振り返って 小川けい子
北大一九六九―我が人生のターニングポイント  吉岡 恒雄 

第十章 寮、生協、サークル、セツルメント、平和委員会
不法入居者であった寮生  皆川 吉郎
北大生協学部学生組織学科で学ぶ  佐藤 静男 
激動の一九六九年を民研わだちはどのように乗り越えて活動したのか 大塚  勲 

私たちがもとめていたもの あらぐさセツルメント  M田 三郎 
あの日、あの頃 ― 平和運動づけの学生生活 福原 正和 

第十一章 院生協議会、教職員組合
大学の自治と学問の自由を守る北大院生協議会の闘い  平田 文男 
北大教職員組合のたたかいの実相  本郷 得治 

おわりに 「五十年後の卒業文集」 上野 雅樹 

資料編
資料一 北大闘争略年表 3
資料二 伊佐田・伊藤・岡 旧蔵資料 
資料三 神田健策旧蔵資料 

『北大1969 ― あのころ私たちが求めていたもの ―』
「北大1969」編集委員会
編集委員長  手島 繁一
編集委員   上野 雅樹
       岡  孝雄
       菊池 卓哉
       小坂 直人
       佐々木 忠
       山口 博教
       山本 隆夫







  
   



▽2021.01.15
◇『ひたすら生きて――佐方信一 ある日ある時』への寄稿。
◇佐方三千枝編(発行:2020年3月15日)。
 
唯一、激論の根底にあったものとは 、手島 繁一(元大原社会問題研究所客員研究員)



△上記の画像をクリックすると、全ページのご案内ができます。













手島さんの近影――[出所:神田健策さんのfacebook]より。新着情報

今日(2020年2月1日)は札幌で北大平和ガイドの出版記念会。写真は当時の全学連委員長の手島繁一さん



△(クリックするとfacebookのページへ)




主な出版物新着情報

 
 
  「戦後革新勢力」の奔流

― 占領後期政治・社会運動史論 1948−1950
 法政大学大原社会問題研究所叢書


  五十嵐仁編
  大月書店
  2011年3月
  A5判上製


 
  蒼空に梢つらねて

  イールズ闘争60周年・安保闘争50周年の年に
  北大の自由・自治の歴史を考える

  「北大5.16集会報告集」編集委員会
  編集委員長  手島繁一
  編集委員   大橋晃 河野民雄 國中拓 佐々木忠 白樫久 高岡健次郎 中野徹三 藤倉仁郎 森谷尚行
  発行:柏艪舎/発売:星雲社
  2011年2月
  A5判並製

 
  「戦後革新勢力」の源流

 ―占領期政治・社会運動史論1945−1948
  法政大学大原社会問題研究所叢書

 五十嵐仁編
 大月書店
 2007年3月
 ¥4,095 (税込)


   
 皆でたたかった50年 
  ――全日自労三重県本部の歴史

  全日自労三重県本部・協同総合研究所編
  シーアンドシー出版
  1996年
  46判上製
   
 ワーカーズコープの挑戦 
  ――先進資本主義国の労働者協同組合

  日本労働者協同組合連合会編
  労働旬報社
  1993年05月
  46判上製




店内イメージ

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WEB交流ページ:けいこの広場
http://8605.teacup.com/keikoto/bbs









編集人:飯島信吾
ブログ:ある編集者のブログ


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 更新 2016年02月22日
 更新 2016年06月21日
 更新 2020年01月03日
 更新 2020年02月01日
 更新 2021年01月15日
 更新 2021年02月19日
 更新 2021年04月29日