左がホセ・マリア・ アリスメンディアリエタ

非営利・協同総合研究所いのちとくらし「研究所ニュース」

 ●No.45(2014.02.28)からNo.62(2018.5.31)


【海外医療体験】スペイン透析体験記(その2)   ●研究所ニュース No.62 2018.5.31
【海外医療体験】スペイン透析体験記(その1)   ●研究所ニュース No.61 2018.2.28
外国語勉強法(1)――石塚秀雄氏の場合(その1)●研究所ニュース No.60 2017.11.30
三木清の協同主義                ●研究所ニュース No.58 2017.5.31
マルクス『ゴータ綱領批判』と保険共済      ●研究所ニュース No.57 2017.2.28
『資本主義を超えるマルクス理論入門』を読む――渡辺憲正・平子友長・後藤道夫・箕輪明子・竹内章郎・小西一雄、大月書店、2400 円   ●研究所ニュース No.56 2016.12.10
差別社会の克服と社会的経済           ●研究所ニュース No.55 2016.8.31
年金積立金の市場化はいかがなものか       ●研究所ニュース No.54 2016.6.30
「空想から科学へ」               ●研究所ニュース No.53 2016.2.29
EUにおける社会的経済の動向           ●研究所ニュース No.52 2015.11.30
ベニスの商人、ヘイトスピーチと保険       ●研究所ニュース No.51 2015.8.31
シカゴの若者雇用創出運動            ●研究所ニュース No.50 2015.5.31
ピケティ『21 世紀の資本』の前後読み       ●研究所ニュース No.49 2015.2.28
EUの派遣労働と非営利・協同組織         ●研究所ニュース No.48 2014.12.15
EUの最低賃金について              ●研究所ニュース No.47 2014.09.01
国分寺市役所における公務労働と業務委託     ●研究所ニュース No.46 2014.05.31
フランスの社会的経済・連帯経済の規模      ●研究所ニュース No.45 2014.02.28



●研究所ニュース No.62 2018.5.31
  

 【海外医療体験】
 
スペイン透析体験記(その2)
 
 5.第二回目透析のこと
 金曜日の第二回目の透析は、一回目とはちがう透析専門のクリニックでFresenius Medical Careグループのピラール(Pilar)透析センターであった。一回目の病院はマドリッドの比較的中心部にあったが、すこし南東の郊外にあり、どちらかというとアトーチャ駅に近いところにある。地下鉄の駅からら数分のところにセンターはあった。看護師がでてきて、1時ころから始めるという。支払いはどうするかというから、二回分いっぺんに支払うと答える。そのころの時間になると、空いていた待合室の椅子も徐々に埋まってきた。ほとんどが老人で、そのほとんどが太っている。車いすの老人もいる。

 
 
 透析室にはやはり透析用肘掛け椅子が20位並んでいる。それぞれに器械が付き添っている。看護師たちは青緑色の服である。まずは透析をするために上着を脱いで体重を量る。66.4kgと出た。指定された肘掛け椅子ベッドに横たわる。他の患者を診るとほとんどが靴を履いたままである。テレビは天井につるされていでいくつかのベッドから見られるようになっている。だからチャンネルは変えられず、また音声も流れていない。適当なチャンネルを流しているのである。看護師が来て、コーヒー、紅茶、サンドイッチ、ポカデイージョのどれがよいかと聞くので、ミルク入りコーヒーとポカデイージョを頼む。それで透析1時間後くらいに出てきたのはハムサンドであった。しかし、まあまあの味であった。透析の針刺しは、右腕一面に刺青をした30歳位の元気のいいホセと名乗る看護師であった。「一本目、二本目」と言いながら、針を刺していく。まず針をさしてから、それからチューブをつなぐのである。看護師たちがパソコンを覗いて私のデータを確認しているようで、名前を言っている。血圧を測るので、予測を150位と言ったところ154だったので、「ほぼあたりだね」と言われた。2時間くらいで足がおかしくなってきたので、最後の1時間は終わるのが非常に待ち遠しかった。止血は指で両方押さえることとして、大きな脱脂綿で押さえたが、途中で居眠りをしまい指が外れていると言われてしまった。10分ほどして看護師は止血を確認すると、その脱脂綿の上から大きな絆創膏を貼った。そうして体重を量り、3キロ減と言われて、第二回目は終わったのである。今回は透析中、医師は巡回してこなかった。看護師も時々様子を見に来るが一回目の病院ほど頻繁ではなかった。しかし、このセンターのほうが、対応はより庶民的な感じがした。

 

 6.第三回目の透析のこと
 月曜日は二回目と同じピラール透析センターに12:30に着く。すでにたくさんの老人患者が椅子に座っそ待っている。いずれもみんな太り気味である。いろいろな書類にサインをして、日本に持ち帰る領収書をもらう。このクリニックでは当初の話通り一回300ユーロ計600ユーロであった。服を着た体重は65.2キロであった。終了後は63.3であったので、マイナス2.9である。今日は医師の姿が見えた。1時間くらいで体がむずむずしてきた。リボトリール薬を飲む。今日はスペインでは透析患者の日(そんな日があるのだ)ということで、コーヒー、ハムサンドの他に卵焼き(ジャガイモ入り、トルティージャ)と生ハムポカデージョがひとかけ追加となった。時間があるのでゆっくり食べる。体のいたたまれなさは薬を飲んでも直らないので、もう一錠飲む。2時間過ぎ。三度目は3時間半頃。こうなるとカウントダウンを待つばかりであるが、体がじっとしていることはない。時間がくると看護師が来て、手早に止血をして、ガーゼの上からばんばんと何本もテープを貼ってくれた。ようやく三回目が終わった。透析室の壁には「われわれの使命」というようなポスターが貼ってあった。看護師は1時間おきくらいに血圧を測りに来る。ここでは、いちいち帯を巻いて終わればはずしてくれる。130台で良好と言ってくれる。今日のスタッフ数は10人くらい、患者数は15人くらいか。真横になる人もいるが、体を半分起こしている人が多い。テレビは共用のようなそうでないような天井の適当な位置にいくつかぶら下がっている。看護師たちは、仕事の合間はテーブルにすわって、パソコンデータを見たり、雑誌を読んだりしている。日本ならサボっているといわれてしまうであろう。今日の針刺しの若い女性看護師は「私はサンタ」というので、一瞬混乱したが、名前だとわかってこちらも名前を言う。それにしてもサンタという女性名は初めて聞いた。看護師は血圧を測ると、その都度ノートに記録していた。

 事務の人に、ここに日本人患者が来たことがあるかと聞いたら、マドリッド中心地のモンクロアにあるセンターには以前、日本の団体が来たことがあるという。
 三回とも地下鉄で通ったが、杖をついていると必ず誰かしら席をさっと譲ってくれる。そのスピードは日本にはあまり見かけないものだ。当たり前なので、障害者を気にして席を譲るわけではないという雰囲気がある。日本人は譲ってあげます、譲ってもらいますという、おもてなしの気持ちが強いのではないだろうか。感情移入することなく普通にできることがやはりよいことなのであろう。また地下鉄には身体障害者の物乞い、ティッシュ売りの青年、楽器を弾くメトロ芸人などが商売にいそしんでいる。見ていると30人に一人くらいカネをだす人がいるようである。


 7.スペインの透析治療制度のこと
 以下は、日本に戻ってにわか勉強をした内容である。
 スペインの医療制度は、イギリスなどと同じNHS(国民医療サービス)である。日本は社会保険制度である。税と保険料の違いがある。もっともそんなに単純ではなぃ。予算の9割は17ある自治州が拠出しており、中央政府の負担分は3%程度に過ぎない。病院(医療機関)の種類は、診療所(第一次医療)と公的病院(主として第二次)について患者負担は基本無料であるが、民間病院(営利、非営利)についてはNHSと契約しているところ、また全く自由診療している高度専門病院などがあり、患者は一部または全部負担をする。 透析についてはヨーロッパ連合(EU)およびスペイン含めた加盟各国では無料である。ヨーロッパ医療カード(プラスチック)があり、ヨーロッパどこでも同様の取り扱いとなる。ただしEU市民以外は適用外である。
 透析は民間病院でも公的病院でも実施されている。スペインには透析センターは全国に400カ所あまりあるという。患者は、どちらにいっても良いし、どちらでも公的医療制度の対象になるので基本的に無料である。しかし、患者数に比べて透析ベッドの数は不足している。このために、アルセルのようなコーディネーター組織の役割があるようである。民間営利病院も、スペイン国民以外に対しても透析サービスを実施している。EU市民であればEU医療カード(プラスチック)を提示すれば、EU圏内では同一サービスが受けられるという。そうであれば、ドイツの人がスペインにきても最終的には無料ということになる。しかし、透析費用そのものは無料となっても、透析に必要な血液検査等の費用は無料化の対象にはならないようである。EU以外の外国からくるビジター患者はEU制度の対象外であるから、透析費用は自由価格で、病院がそれなりに設定ができるようだ。一回目の病院は評判の高い病院で、したがって血液検査だけでも5万円ほど請求するわけである。
 スペインの病院の民営化は、10年前くらいから急速にすすんだ。公的医療は無料であるが、その範囲と受診アクセスの悪さも、医療政策の縮小化で、お金があれば患者は便利で高度な医療サービスをしてくれそうな民間病院に行く傾向となる。民間病院は公的医療制度と契約もするが、自由診療もするという混合診療が行われているようだ。
 結局、EU圏内ではEUの医療政策を各国が遵守するということで、よりよい医療基準に合わせていくというメカニズムが働くと思われる。しかし、スペインが腎臓移植で一番というのは、どのような理由があるのかやはり気になるところである。

 8.透析患者の海外旅行のこと
 透析患者として海外旅行をするのは人によってちがうであろうが、私個人の感想でいえば、なによりも海外旅行ができる体力が必要である。一人旅ではなくて旅の道連れがいたほうがよい。まずはヨーロッパでいえば十数時間の飛行機の座席に往復で座っていられる体調が不可欠である。第二に事前に現地の医療機関に提出する透析データその他を作成してもらうのが面倒である。私の場合は、直接にEメールでマドリッドの医療機関と連絡をとった。書類はインターナショナルなので英語であっても、連絡言語はスペイン語である。細かな連絡はやはり英語よりも現地言語のほうが相手のフットワークは軽くなるのは当然である。英語の書類作りを日本のかかりつけの病院にお願いするにしても、なれない仕事をスムーズにしてくれるとは限らない。また透析費用は、事前に日本の役所から書類を貰い、現地の病院の領収書や治療内容などを添付すれば後日払い戻しされる。後日の払い戻し金額は、実費の約半額であった。日本の医療費基準で算定するという。自分でいろいろ連絡などできる人はさておき、普通の人が個人で透析依頼手続きをするのはたいへんであろう。また、現地の言葉がわからないと現地での透析のときのコミュニケーションが言葉の問題でうまくいかなければ、患者としては不安であろう。また現地の医療スタッフに英語が通じるとはかぎらない。そうなると旅行代理店が組織した透析患者ツアーなどに参加するのがよいかもしれない。個人旅行はコーディネーターを頼むとすれば費用もそれなりにかかるであろう。また旅行中の食事の管理の問題もある。ホテルなどの外食となるわけで、透析患者用食事を注文するのは難しいし、塩分やカリウムやリンの多い食事になるのは必須である。この点では患者団体旅行ならば比較的食事調整ができるであろう。おそらく透析患者でも仕事で海外を飛び回っている人もいるであろうが、それはやはり特別な存在であろう。日本での一般の透析患者に対して海外旅行がどのように実施されているか調べてみる必要があるが、旅行社が患者の治療データをどのようにコーディネートしているのか知りたいものである。
 障害者も海外旅行を楽しみたいという欲求は、贅沢というより、やはりより積極的に生きたいという、普段のなんとなく出口のないような生活から気分展開したいという切実な要求であろう。自分自身、透析患者となり、蛇の生殺しのような気分になりがちなので、やはりそこから抜け出したいという気持ちが強くなるということが、自分ながら納得するのである。
 日本にも透析患者団体がありスペインと似たような活動をしているが、病院とのコーディネーター的な仕事はしていないし、また他の障害者非営利組織との連携もないようである。単なる患者団体ではなくて、生活の質を高める事業をする社会的経済組織としての自己規定があるのがスペインの事例であろう。患者みずからの積極的な社会参加とその実現のための事業展開にも参加する.というのが、たんに受け身にとどまらない市民活動というものになるのであろう。
 また、腹膜透析の患者ならば、海外のホテルなどで就寝中に自分で透析を行うことで、旅行が比較的容易に可能かもしれないが、透析用液体やポータブル透析器などを持参しなければならないので、結構な荷物になることも確かである。しかし、腹膜透析をしている人は少ないので、一般論にはならない。

 9.むすびめいたこと
 今回、無理をして海外透析をしたのは良かった。医療従事者の人情はスペインでも変わりなく、また社会的連帯ともいうべきものが制度化されているのである。ただし、公的病院の市場化が進んでいるのは日本と似ているようである。民間医療保険もあり営利病院にかかるときに使う。しかし、スペインには健常者も非健常者(病める人)になり得るのであって、どんな人でも生活の質を保つ事が大事だという社会的合意がありそうだ。死生観には各国の文化的背景があるのは確かであるが、優生思想だの障害者は価値がないなどという発言と反社会的行動が見られ、患者の市民権が軽視されつつある日本の風潮はやはりあまり良くないと思われる。カネのかかる透析患者として肩身の狭い気持ちになりがちであるが、スペインの母音をみると、よりアクティブに生活の質を高めるよう仕組みができているようである。見たところ太った老人が多かったが、好きなものを食べているのかもしれない。再び海外に行けるかどうかはわからないが、そうできるように〉したいものだと思っている次第である。

 





●研究所ニュース No.61 2018.2.28
  

 【海外医療体験】
 
スペイン透析体験記(その1)
 
 1.きっかけ
 海外で透析を受けてみようと思い立ったのは、透析を始めてから一年あまりすぎてからであった。透析を受けるまでの我慢の時期もちょっと苦しかったが、数年踏みとどまったのも、透析になると決定的に大変になり海外にいけなくなると思っていたからであった。
 透析暮らしとなり、ああもう外国にも行けないなと、なんとなく人生黄昏気分になっていたが、そのうちなにか積極的なことをしないとつまらない気がしてきた。たまたまスペインの友人と電話でそんな話をしたら、病院なら見つけてあげるから、遊びに来いという話になった。マドリッドの透析病院案内などを送ってきたので、俄然、現実味を帯びてきた。ちょっと何かに挑戦してみたいという元気がでてきたのである。2017年4月くらいのことである。

 2.前準備のこと
 友人のマドリッドのスペイン人夫妻が探してくれた連絡先がALCER(アルセル)であった。私の場合はスペイン語を商売道具の一つにしているので、アルセルと直接スペイン語での電子メールで連絡をとることにした。アルセルはAlCER(FederacionNactional Alcer,AsociacionparaLuchaContralasEnfermedadesRenales)で「腎臓病と戦う協会」という意味の全国連合会であったが、マドリッドに行くまで、てっきり病院だと思い込んでいた。
 アルセルとの連絡はもちろん英語でもよいのであるが、経験上、大事なことはその国の言語でするほうが、スムーズに運ぶ。お互い外国語というのはやはり互いに隔靴掻捧の気味があるのである。透析の提出データ書類の書式が送れられてきたが、英語である。いろんな国からvisitingpatientが来るのであるから書類は英語であろう。書類は透析の履歴、内容、医師の所見、血液分析表、エイズなどの感染症の検査、現地(マドリッド)での滞在先、支払い方法などであった。エイズ検査はきっと変なヒアリのような人間が国に入ってきては困るという用心であろう。書類は、医師が英文で所見とデータを記入 してくれた。医師の先生も、がんばって英語をかいてくれると言ってくれたので心強か った。この書類の作成に約1ケ月かかった。一応、下書きということでマドリッドの病院に送って、追記等あれば連絡をもらうことを確認した。しかし、一月たっても連絡が 来ない。問い合わせると、担当者が夏休み(3週間くらい)でいないから、もどってきた ら連絡するというのんきなことであった。旅行は約1週間ときめて、滞在中3回の透析をうける予定を立てた。飛行機の所要時間はブリュッセルまで約11時間、ブリュッセル からマドリッドまで2時間である。飛行機の中で、体調がもつのかどうかが最初の心配 であった。なにしろ、特急電車などで2時間じっとしていると足や体全体にけいれんの ようなものが起きて苦しくてしょうがなくなるのである。書類は出発前日の透析のとき にデータを病院からもらって、それを事前に電子メールで送り、なんとか機上の人にな ったのである。出発日は9月19日である。

 3.マドリッド第一回目の透析
 しばらく来なかったマドリッドは中心街も建物の壁も洗ったのか明るく、特に地下鉄はモダンに明るくなっていた。事前にデータは病院に頼んで作成してもらい、送ったのであるが、血液検査の必要があるということで、当初予想したアルセルとは違うマドリッド中心地に近い、キロンサンカミーロ(HospitalQuironSanCamilo)という病院が指定されて、朝8時についた。総合病院である。10階まであり、病棟は4つの階を占める。
 まだ、受付の部屋にほとんど患者はいなかった。血液検査のデータは9月に入ったものを日本から送ったはずであるが、素人なのでその辺の事情はわからなかった。データが古いと言われたが。やはり自分たちで最新の血液データを確認しないと不安なのかもしれないと想像するのみである。壁の案内表示のテレビ画面で番号が表示されてチンと音が鳴ると、受付にいき、血をとるまでに約1時間待った。採血室は受付の横にある部屋である。血をとるとガーゼとテープで押さえておしまい。しばらく押さえていろとは言われなかった。廊下を通り過ぎる職員は足早で上下の白衣を着ている。血液検査の結果がでるまで待つということで、透析の開始は午後1時ということになった。その間、今日の費用の支払いをしなければならないが、出発前には透析一回につき300ユーロ(約4万円)ということであったが、検査費用等含めて日本円で14万円支払うことになった。これが民営化の一端であるかと思わされた。クレームをつけるわけにもいかない。
 当初は現金で支払うつもりであったが、これでは初日から持ち金全部をださなくてはならないので、クレジットカードで支払うことにした。やはり、外国ではどういうことが起きるかわからない。それになぜ、ALCERではなくてこの病院が指定されたのか。やがてわかることだが、ALCERはコーディネーター団体で、病院そのものではなかったのだ。だから、金曜日の二回目の透析の病院はどうもこのキロンサンカミーロ病院ではなさそうであった。それはまだ決まっていなかったのだ。
 血液検査の結果を待ち、午後に透析ということになった。時間があまったので、すぐ近くにある公立病院ユニバサリア・プリンセサ病院の建物を見に行った。大きな8階建て4棟ほどの大きな規模である。透析センターも中にある。人の出入りが活発である。ここで受け付けてもらえればよいのだが、やはり外国人は二の次となるのが公的病院であろう。
 さて、午後になりキロン病院に戻る。透析室は2階にある。透析前の説明や打ち合わせにいれかわり男女二人の看護師が来た。きさくで陽気であった。透析患者の年寄りが一人とか付き添いの家族とかを伴ってやってきて、透析室のドアへと消えていった。いよいよ呼ばれて部屋に入ると10位のベッドが見えた。見えないところにも同じくらいベッドがあるようだ。ベッドが半分くらい、肘掛けつきのリクライニングシートのようなものが半分であった。横にある器械は日本とだいたい似たようなものであったが最新式ではなかった。商標は確認できなかった。写真を撮るのはだめといわれた。パジャマを持参したが、みんな平服で横たわっている。まずは体重を測定したが、ポケットには財布などいろいろ入っているし、困ったなと思った。とりあえず、ズボンやシャツの重さを考えて、出た数値の1キロマイナスすなわち、基準体重のプラス1キロの数字で考えることにした。ともかく横になって、白い布をかけられた。女性の看護師二人が来て、てきぱきと愛想良く針をさし作業を進めた。しばらくして器械が何回か鳴るので針の調整かなにかをしていた。ベッドの間隔は1.5メーターくらいで、両隣は爺さんが平服で横たわっている。無口で頑固そうな表情で眠っている。看護師がときどき様子を見に来て、「ホセ大丈夫なの」とか「ヘスス・マリア大丈夫か」と声かけをしている。こちらは名字ではなくて名前をよぶ。ともに爺さん患者である。血圧帯は腕に巻きっぱなしで、小一時間に一回自動的に計測する。とくに血圧がどのくらいかという声かけはなかった。テレビはベッドについているのではなくて、壁にいくつか掛かっている。待合室の壁テレビのような感じである。私の近くのテレビは、スポーツ番組をずっとやっていた。
 一時間ほどするとスタッフがやってきて、食べ物飲み物はいるかと聞いてきた。すこし驚いて、いいんですかと聞くと、コーヒー紅茶その他、ボカデイジョ(フランスパンに生ハムをはさんだもの)サンドイッチなどが選べるという。なんでも経験してみたいので、食欲はなかったが、ブラックコーヒーとジャムサンドイッチを頼んだ。やがてトレイに持ってきたのはハムサンドイッチであった。トレイをおなかの上にぽんと置いてくれた。それから、スタッフがインスタントコーヒーの袋を開けて作ってくれて、またサンドイッチの袋を開けてくれた。食べ物くずがでないようなシンプルなハムサンドである。時間はあるのでゆっくり食べる。スタッフは10人くらいがたちはたらいている。2時半くらいが交替の時間らしく、半分くらいのスタッフが患者に挨拶しながら部屋を出て行った。2時間くらいすると、三十代後半の男性医師が来て、なにしにスペインに来たのかとか、これまで透析中になにか問題が起きたことがあるか、けいれんはおきていないかなどと英語で質問をした。日本からのデータをちゃんと見ているらしい。なにかあれば声をかけてくれと言って、隣の患者のところに行って話しかけていた。スペイン人は怠け者という誤解が一部にあるが、見るところそんなことはない。仕事中は足早できびきびしている。病院でもレストランでも同様である。足にけいれんとかかゆみがでてきてだんだん耐えられない気分になり、終わる時間が待ち遠しい。看護師が来て「あと五十分」と器械を指して言った。ようやく時間となり、やはり指で2カ所を同時に10分くらい押さえて、紳創膏を貼ってもらい、第一回目は終わりとなった。その頃になると新しい患者がやってきて40代の男性、両足が途中でない車いすの老人、賑やかな老婦人などがベッドや寝椅子に上がった。全体として透析は、当然だが日本とあまり変わりない。スタッフも必要なときに数人で患者に対応している。声かけをして老人たちの様子を確認しているのも日本と同じである。

 4.ALCER 透析アソシエーションのこと
 翌日、連絡を取っていたALCER(アルセル)に担当者のアナさんに会いに行った。ALCERが病院ではなくコーディネート団体かつ患者団体であることが事務所を見て納得した。こぎれいな事務所の1階には、パソコンをにらんでいる職員が5人ほどいた。40くらいに見えるアナさんも20年前に腎臓移植をしている人だそうだが、普通に元気そうに見える。以下、アナさんの説明と資料からわかったことの概要を記す。
 アルセルは患者団体として40年前に設立されて、今は全国に支部がある非営利組織である。会員数は約1万人である。ほかに同様の全国組織はあるのかと聞いたがないそうである。スペインに腎臓不全の患者は約5万人いるとのこと(2014年)(スペインの人口は約4,500万人)。そのうち腎臓移植患者25,824人(51.7%)、透析患者23,512人(42.8%)、在宅腹膜透析患者3,026人(5.5%)となっている。透析にかかる費用はスペイン全体で年間19億79万ユーロであり、公的医療費の3%である。すなわち人口の0.1%で 医療費の3%を占めている。患者のうち現役で働いている比率は、移植患者のうち39%、在宅透析患者の28%、病院透析患者の22%である(2014年)。また腎臓移植の人数が多いが、ヨー ロッパでスペインが第一だそうである。臓器提供の形態は、脳死者から、健常者から、 腎臓病患者同士の3種類があるらしい。数値を見ると、次のようである。臓器提供者(人口百万人のうち)スペイン43.4人、アメリカ28.2人、フランス28.1人、イギリス20.3 人、ドイツ10.9人、南米8.3人。しかし、なぜかスペインが一番多いのかの理由はわからないとのことだった。多分、文化の違いであろうと想像した。いずれの患者も公的医療制度の中で基本的に無料とのことであった。
 アルセルはコーディネート団体として患者の透析先の病院を探すサービスを主たる業務にしている。というのも、透析ベッド数が少ないので、実施病院を確保するための調整が必要だとのことであった。また、外国からのビジター透析患者の受け入れと病院との調整のサービスもおこなっているし、逆にスペインから外国に旅行に出かける患者の調整も行っている。最近ではスペインから10人ほどの患者グループがギリシャに観光旅行に出かけるアレンジをしたそうである。日本にも透析患者団体はあるのであろうが、このような病院との調整の仕事はしていないのではないだろうか(一般社団法人全国腎臓病協議会)。また観光会社が透析患者ツアーを組織しているようだが、どのようにしているのか聞いてみる必要があるようだ。スペインでは医療制度が患者のためにあるのですね、と言ったら、みんなのためですと即答された。実際はどうかともかく、そのように即答する心意気には好感を持った。
 アルセルの機関誌に載っている総会の様子を見ると、支部はスペイン全国に116支部ある。会長挨拶は、透析患者が自由に旅行ができるよう推進することが強調されていた。
 総会挨拶には、スペイン盲人協会(オンセ)や腎臓移植協会が来賓挨拶をしている。オンセは企業などをいくつか持つ、みずからを社会的経済組織と名乗っている非営利事業組織でもある。また雑誌を見ると若者の患者についての活動、女性と仕事など透析患者が抱える社会的問題などについてもアルセルはいろいろと活動をしているようだが、詳しくはいろいろ読まなければわからない。(その2に続く)



●研究所ニュース No.60 2017.11.30



 
外国語勉強法(1)
 石塚秀雄氏の場合(その1)


 機関紙やニュースでは非営利・協同セクター、医療・福祉に関する海外の動向を扱います。海外の事例を知るには外国語取得が必要ですが、日頃触れないままに過ごしていると、外国語表記は単なる模様や記号にしか見えません。もう少し外国語を日常へ組み込めないかと思うものの、自分の浅知恵には限界があります。
 先達の皆様は、どのように取り組んでおられるのでしょうか。生の声を聞くことが出来るならば眠らせるのはもったいない、ニュースに載せれば他の人にも役に立つ、そんなことでいきなり始まった超私的な企画、不規則連載の予定です(事務局T)。
 質問事項
 (0)名前と肩書き、ご専門など、(1)何語についてですか(複数の場合もお書き下さい)、(2)勉強時間、頻度はどのくらいですか。また継続の秘訣は何ですか、(3)読む、書く、聞く、それぞれのコツはありますか、(4)専門的にここは押さえたいというポイントをお教え下さい、(5)インターネットなどをどのように利用していますか、(6)お勧めの書籍や教材、ウェブサイトなどをお書き下さい、(7)その他自分で決めていることなどをご自由にお書き下さい
 
 0. 肩書き
 非営利・協同総合研究所いのちとくらし研究員
 
 1. 何語についてですか
  西洋語、とくにスペイン語、フランス語、ドイツ語、英語

 2. 勉強時間、頻度、継続の秘訣
 語学学習には時間(年月)がかかる。短期(短気)ではできない大学の授業くらいで身につくものではない。だから、独習が必要である。時間がかかるから、スピード感が必要である。とはいえ、訓練としての語学学習は長時間するのは非効率である。一回15 分を目安にしている。台所タイマーやストップウォッチを使う。たとえば1 時間で4言語の学習が可能である。できれば毎日やるのがよい。単語を記憶しようとか頭を使おうと考えないこと。スキルとしての語学は、考えることとは別である。
 継続の秘訣は、なによりもモチベーションである。何のための語学学習なのか。ここでは試験目的は除外する。外国語文献資料を読みたい、文学作品を読みたい、外国文化を知りたいなど人によってモチベーションはいろいろであろうが、目的なしの語学学習は身につかない。心がけとしては、①語学学習に年齢は関係ない。記憶力は関係ないから。②外国語学習で基礎はすぐに身につかない。だから、初級、中級、上級などと区分することに意味はない。③始めるには、とりあえず辞書と参考書があればよい。安上がりな勉強だ。④外国語を学ぶことは自らの日本語能力を深化し、日本社会文化を客観視することを助け、独断的視点から相対的複合的な視点を持つ助けになる。⑤外国語学習は自由でよい。ドイツ語でドストエフスキーを読むもよし、フランス語で資本論を読むもよし、イタリア語で松本清張、中国語で村上春樹を読むのも楽しい。義務的な学習の強迫観念から離れることが肝要である。
 3. 読む、書く、聞く、それぞれのコツはありますか
 (1) 早く正確に読む
 まず大事なのは単語数を増やすことである。よく、少ない単語でできるようなことを書いている本などがあるが、日常会話ならそれでもよいであろう。しかし、文献を読む場合は、どのくらいの単語数を知っているかが大事である。
 スピーディ、スマート、シンプルの3S が語学学習では大事である。語学学習は、言語学者でないかぎり、それ自体が目的ではないはずだ。だから語学自体はなるべく、スピーディにこなして済ませる必要がある。目標は日本語と同じ速度で読めることである。
 英語の速読法の学習もよい。
 3S のためには次のことが大事である。①読み方の基本は、前から後ろへ。戻らない。②とりあえず直訳調。③メリハリをつけた解釈。英語はコントラスト表現が多い。翻訳は他人のためであるが、読むのは、まずは自分にとって理解ができればよいのである。極端に言えば、外国語読む場合、頭の中で日本語に翻訳しなくてもよい。対訳、翻訳を参照しながら原文を読むのもよい。ただしそれは参考訳にすぎないこと。
 (2) 書くことになれる
 分からない単語はかならず、メモ用紙に原語と意味を書くこと。むりに覚えようとしない。手で書くことが大事である。単語帳を作り暗記しようなどというスケベ根性は出さないこと。また例文などもできるだけ原文をメモ用紙に手書きすること。忙がばまわれ。メモ用紙は棄てること。肝心なのは頭に自然に残ったものだけである。
 ワープロで文章を書く練習をするのもよい。ワードなどには各原語のスペルチェック機能がついており便利である。外国語で日記をつけるとよい。
 聞くことになれる
 昔と違ってヒアリングにお金はかからない。リンガフォンは当時5 万円もした。インターネットで外国語ニュースなどがたくさん聞ける。しかし、一回、5 分か10 分にする。インターネットで同じニュースを何度か聞き返すのも有効。天気予報は早口なので勉強になる。

 4. 専門的にここは押さえたいポイント
 スピード、スマート、シンプルのためには次のことが肝要である。
 (1) 主語と動詞をまず見つけること。
 英語なら基本文型につねにたちもどること。ヨーロッパ言語ならば、主語代名詞がない場合や形式主語の形式があるので、動詞の時制などには特に気をつける必要がある。そんなこと簡単と思うかもしれないが、長文の場合、主語や動詞が行方不明になりがちである。
 例文: There is nobody so irritating as somebody with less intelligence and more sense than we have.
 例文 日英あり方の違い
 「国境の長いトンネルを抜けると、そこは雪国であった」。これはノーベル賞作家・川端康成の「雪国」の有名な冒頭の文章である。英訳では次のようである。
 The train came out of the long tunnel into the snow country.
 英語においては、主語、動詞を意識することが大事なのである。一方、川端の原文には、主語は見えない。日本人の読者は、この冒頭を読めば、主人公の独白であると受け取るであろう。「直訳的日本語」にするならば、次のようになるであろう。
 「私の乗った汽車が、長いトンネルを抜けると、私はすでに雪国にいることを見いだしたのだ」
 一方、英訳では、原文にはないtrain を主語においている。このように英語と日本語には主客の位置づけにおいても根本的な違いがあり、他の外国語でも同様である。この違いは簡単には埋められるものではないことを自覚するべきである。(その2 に続く)


●研究所ニュース No.59 2017.8.31



●研究所ニュース No.58 2017.5.31

 
三木清の協同主義


 ●共謀罪が作られようとしている。戦前の治安維持法や国家権力による政治および思想文化弾圧の復活である。多くの思想家知識人が弾圧された歴史をふたたびくり返されることが許されるものであろうか。戦前において思想の自由がまがりなりにも行使できたのは、大正デモクラシーの時代と昭和初期の5年程度にすぎなかった。戦争行動を拡大する皇制ファシズム国家による思想弾圧は、共産党などの政治活動に対するものを別としてざっとみても次のようなものが含まれる。
 
 1911 年 大逆事件で幸徳秋水など死刑
 1923 年 関東大震災のとき大杉栄など殺される。
 1933 年 小林多喜二虐殺
 1937 年 人民戦線事件、コム・アカデミー事件。自由主義者河合栄治郎東大追放。盧溝橋事件。南京事件。
 1938 年 唯物論研究会解散。
 1940 年 大政翼賛会設立。
 1945 年 戸坂潤、三木清獄死
 
 要するに、1938年以降は、政治的社会的自由はほとんど弾圧されてしまったのである。
 多くの左翼運動家が投獄され、また国民も憲兵・警察に抑圧されたのである。日本ファシズム体制下では、思想を語ることを沈黙するか、なおかつ、思想弾圧の厳しい現実に対してなんらかのコミットをするかの絶望的な選択を迫られたのである。三木清は、ぎりぎりの時期(1942 年頃)まで執筆活動などをして頑張った。横浜事件のように、現在に至るまで国家が思想弾圧の非道を認めようとしていない。幸徳秋水、大杉栄、戸坂潤、三木清、それに戦後まもなく病死した永田広志などが、戦後において活躍したならば、日本の思想界はどのようなものになっていたであろうか。少なくとも、戦後における貧弱な思想的議論と成果はより多様な豊かなものになっていたかもしれない。
 ●治安維持法は、ファシズムに反対する人々を弾圧した。戦う人々はどのような抵抗を強いられたのであろうか。戦後、「非転向」が賞賛され「転向」は逆にだらしないものとして否定されるという立場から、鶴見俊輔などの「転向論」が非難されるということがあったが、現在では、一面的に政治運動論的観点からだけでみるということはなくなりつつある。すなわち、共謀罪の問題と同じで、一端、国家権力によって、個人の内心の自由が弾圧されれば、内心の自由が保てなくなることは自明普通のことであるからである。転向がいけないという議論は、めげない強い個人が立派という、一見もっともな理屈ではあるが、それは個人の内心の自由に立ち入り過ぎた議論であって、問題が国家権力の猛烈な人権抑圧にあることからずれてしまうことであった。たとえば、強姦された被害者に、あなたにも隙があったのではないかなどと勘ぐるのと同じ誤りである。(個人的、国家的)暴力とはそんなに甘くないのである。ところで、内心の自由は、現実的実践と思想的営為の複雑にからんだ問題である。三木清は戦争が終わっても釈放されず獄死した。政治犯が獄死することは、立派な行為だと称揚すべきようなことがらではない。彼らは政治権力による犠牲者であり、その意味では英雄的である。しかし、弾圧に屈しなかった者も屈した者もともに国家権力による犠牲者被害者である。それは治安維持法や共謀罪などのような国家権力による抑圧がもたらす悲劇である。
 ●三木清が1939 年に書いた論文に「新日本の思想原理、続編、協同主義の哲学的基礎」(『三木清全集』第17 巻)がある。人によって評価は異なると思うが、私は、三木が「戦時体制」の下で、弾圧がどうしようもなくなるまで、あれこれ時局に関する文章を書いた努力を肯定したいと思う。文章の個々の内容の評価は別である。ところで、三木のこの論文を読むと、なんらかの悲痛な思いに駆られる。読む人によっては、戦時体制に迎合的だと思う人もいるかもしれない。人によっては、反戦を心に秘めて思想表明せずに沈黙を守るという態度をとるべきだったと言うかもしれない。また、はっきり政府批判を表明すべきだったと言うかもしれない。しかし、治安維持法下では誰もそんなことを表明する場はなかったのである。もちろん政府に迎合して大政翼賛的態度をとることは、思想家としては論外である。三木の基本的スタンスはどのようなものであったのだろうか。支那事変による中国侵略が進む中で、よりあるべき理想の日本の未来像を模索するということは、当時の現実政治の強圧の前では空しい無駄なことだったのであろうか。しかし、それは歴史を知っている今だからこそ後付けで言えることである。沈みゆく難破船においてなんとか生きようと努力することは、結果論的には無駄なことになるであろうか。三木の論文にはそうした印象があり、皮肉にみれば、理想論であり、思想的悪あがきのように見えてそれがなんとも悲痛な印象を与えるのである。
 ●そもそも、当時、三木のこの論文を読んだ者が、内容を理解できたのか、また共感したのかは、はなはだ怪しい。理解した者は少なかったであろう。というのは、この論文が三木のそれまでのアカデミックな哲学的学識を土台にしているためで、それは多くの読者(学生、専門家など)と共有されていなかったと思われるからである。自由主義、個人主義、ゲマインシャフト、ゲゼルシャフト、全体主義、マルクス主義、主体客体論など、三木がそれまで学んできたドイツ現象学、マルクス主義、パスカル哲学などの下敷きがないと、三木の論理展開の仕方がわかりづらいと思われる。さらにわかりづらいのは、「協同主義」の論理がいわば当時のヨーロッパ思想界における「協同思想」とほぼ類似しているが、しかし当時の日本の思想界ではほとんどなじみのない考え方であったからである。共感しがたかっただろうと思われるのは、三木がいう日本主義のリーダーシップは、八紘一宇とも東亜共同体とも言っているが、三木は軍国主義・覇権主義を否定していたが、言論統制は明白な物言いを許すものではなかった。人によってはそれが三木の二枚舌のように受け取られ、共感されないのではないだろうか。三木は軍国主義の現実と理論的に対峙した。しかし、軍国主義の圧力はそんな理想論を無残にも踏みつぶすものであった。三木は個人主義(資本主義)でも全体主義(軍国主義、ソ連型共産主義)でもない協同主義を、きわめて論理的に展開していく。しかし、三木のその現実の理論的変革という格闘は、大東亜共栄圏などのかけ声が蔓延する社会と思想界の状況においては、理解されづらく共感されづらかったに違いない。
 ●三木清や戸坂潤が戦後にも活躍して論陣を張ったならば、すくなくとも三木は、協同主義を戦後の文脈の中で理論的に哲学的に再展開したのではないか。もし、そうであったならば、戦後の社会システム論はずいぶん違った成果を獲得できたに違いない。戦時下の困難な状況でも誠実に論理的追求を続けた三木は、理想論者あるいは道化のように見えるかもしれない。しかし、三木はきれい事や軍事国家へのおべんちゃらを言ったのではない。多少わかりづらい表現ではあるが、よく読めば厳しく軍事的覇権主義を否定している。しかし、当時それをあからさまにいう自由は誰にもなかったのである。だからだれも三木の一見曖昧な表現をだめだったということはできないと思う。三木のそのような柔らかい頑張りは、教条的議論でなく自ら考える試行錯誤の連続という思想的営為を自らに保障する確固たる態度だったというべきではないだろうか。
 ●三木は論文の中でどんなことを言っていたのか。「東亜共同体は、諸民族の協同の上にヘレニズム文化のごとき世界的意義を有する新しい『東亜文化』を創造することが使命」と述べて、いわゆる狭い日本主義を否定し、ドイツ(ナチス)の民族主義を否定している。またテンニースの共同社会と利益社会の議論にふれつつ「新しい協同社会は個人の独自性と自発性とを認めて合理的なものとならなければならない」と述べている。三木の言う東亜共同体は、現在のEU 連合の理念に近いものがある。さらにまた、当時の、五族協和を国是とした理想の満州国構想と類似するところがあると見ることもできよう。歴史的には満州国は日本の傀儡国家に過ぎなかったが。
 また、この論文における三木のマルクス主義批判は、今日で言えばソ連型共産主義批判であり、今日の読者の大方の同意を得られるものであろう。またなにを言わなかったかといえば、天皇制批判についてである。当然なにも言えるわけはなかった時代である。つまり、ある意味、当時の日本の社会体制について根本的な批判項目に言及することはできない状況だった。したがって、それが三木の論理展開に欠落感をもたらしている。しかし、三木は西田哲学や田辺哲学を批判的に学び、またドイツ哲学、パスカルなどのフランス哲学の研究の基盤の上にマルクス主義の研究も行ってきたのであり、もし三木が戦後に生きていたとすれば、思想解禁の中で、どのような総合的な理論展開をしただろうか。それを読むことができないのはまことに残念なことである。三木清が戦後において、賀川豊彦とはまったく異なる、日本の協同哲学を構築したのではないかという夢想を打ち砕いたのは、まさに共謀罪の戦前版である治安維持法の体制であったのである。現在のところわれわれにはまだ自由に思想表明をする自由がある。自由闊達に議論をする自由を守ることが、それ以上に個人の内心の自由の大切さを痛感することが、共謀罪のようなものを作らせないことになるのである。


●研究所ニュース No.57 2017 .2.28


 
マルクス『ゴータ綱領批判』と保険共済


 ●マルクスは保険や共済についてどう論じていたのかは興味ある問題である。第一に、マルクス『資本論』において保険を経済理論としてどのように位置づけていたのか、第二に、マルクスの(市民)社会論の中で保険共済をどのようにとらえていたのかを検討することは、マルクス主義理論の中で、重要な点のひとつであると思われるが、この点の議論は、これまできわめて希薄であったと思われる。なぜ、そうであったかといえば、これまでマルクス主義理論が保険や共済を経済学的にも社会学的にも重視してこなかったからで、もっぱら資本主義経済における保険業や金融業の単なる一分野と見なしてきたからである。そうした傾向は、この十年あまり前からの日本における保険業法改悪による共済危機問題にたいしても、マルクス主義理論や運動側からの実践的および理論的関心の低さにも現れている。社会的に見ると、多くの人が民間保険に入っていたり、共済制度に加入したりしているであろう。しかし、その経済学的社会学的な意味というものについてはほとんど考えることはないであろう。一般の加入者がそうであるのは仕方ないとしても、経済学社会学の専門家は社会経済学的な視点で考える必要があるであろう。
 ●マルクスと保険というテーマに格好の示唆を与えてくれるのが、このほど刊行された押尾直志『保険経済の根本問題』(ミネルヴァ書房、2017年1月)である(事務局より:文末に目次一覧掲載)。この興味深い大部の本の内容は、理論編と実証編の計14章に分かれ、最新のテーマとしては、TPPと共済まで論じられており、短く書評を書くことはとてもできないので、それは他日に譲るとして、ここでは、この本から示唆を受けて、マルクスの保険と共済に関わる議論を取り上げる次第である。というわけで、保険共済に関心が薄く、しかしマルクス理論に関心が濃い人にとっても、『資本論』などにおけるマルクスの保険についての考え方がいかに重要な要素の一つであるかを確認する上で押尾氏の本は有意義な本であることを指摘しておきたい。
 ●マルクスの『ゴータ綱領批判』(1875)はいろいろな論点が含まれるが、保険に関わる点は、ラッサールの言う、目指すべき社会における、「労働の全収益」の「公正な分配」論に対するマルクスの批判の文章に示される。マルクスは次のように述べている。(以下、試訳)すなわち、「社会的総生産物から差し引かれるべきものは、①使い切った生産手段を補充するための充足分、②生産の拡大のための追加部分、③災難、自然災害による障害などに対する積立ファンド(Reservefond)または保険ファンド(Assekranzfond)」。当面問題とされるべきは、この第三の差し引き分であるが、第一、第二は、資本主義的生産様式においてどのようなメカニズムになるかということは、資本論の中で細かく論じられているところであるが、第三についてはそれほど注目されてこなかったきらいがある。ところで、現在のドイツ語では、保険は一般にはVersicherungであり、Assekranzはほとんど使われない。マルクスの文章にはvershicherungという言葉はなく、マルクスが論じている時代においては、ドイツにおいては、保険はラテン系の概念用語であったのだろう。押尾本の中でも論じられているが、日本において1970年代保険研究者の間で、マルクス保険論についての論争があり、そこにはソ連の保険理論などにも関説していたのである。そこでは、マルクスの『資本論』およびその準備ノートである「経済学批判序説、グルントリッセ」や資本論第四部といわれる「剰余価値学説史」などにも関わるべき議論がされている。その議論がどのようなものであったのかは、ぜひ押尾本を読んでいただきたい。いずれにせよ、保険論はマルクス経済学理解において不可欠な一要素である。『ゴータ綱領批判』で指摘される先の第三点について、「資本論第三部、第49章生産過程の分析のために」では次のように触れられている。(試訳)「不変資本は、再生産過程にある時は、素材と見なされ、事故や危険にさらされて、それによって【不変資本は】激減することにもなる。それに応じて、利潤の一部、すなわち、剰余価値したがって剰余生産物、すなわち、価値から見れば、新しく追加された労働だけを示しているものの一部は、保険ファンドとして使われる。これは、収入において、収入として費消されもしないし、かならずしも積み立てファンド【準備金】)としても使われない、収入の唯一の部分である」。不変資本、利潤、剰余価値、新しく追加された労働、積立金などの概念は、マルクスの『資本論』の中のケネー経済表などの議論その他を読んで確認してもらうとして、マルクスのゴータ綱領に対する議論のベースには『資本論』での議論があるということである。つまりゴータ綱領での保険についての記述を検討する場合に、『資本論』における、資本主義的生産過程における剰余価値と資本の増殖という議論を踏まえておく必要があるということである。逆にいえば、保険ファンドの認識なしには資本主義的生産過程のメカニズムも十全には理解できない恐れがあるということになる。
 ●しかし、『資本論』では、再生産過程に属さない、いわゆる可変資本部分あるいは消費部分については保険ファンドの議論ではカバーされていない。『ゴータ綱領批判』では、上記の文章に続いて、(試訳)「総生産物の残りの部分は、消費手段として使われるものとなる。各個人に分配する前に、さらにそこから次のもが差し引かれる。第一に、生産に直接属さないところの一般管理費。第二に、たとえば学校や保健施設などのような諸欲求を共同的に充足するための部分。第三に、労働不能向けファンド、すなわち今日のいわゆる公共貧民救済のためのファンド。」マルクスは、再生産過程の循環システムとして生産と消費の結合サイクルとして論じているのであり、これを別々のものとして見るのは各論としてはよいが、総論としてはよくない。簡単に言えば、経済と社会をばらばらに考えるのはよくない。この後半の、消費手段としての総生産物の残りの部分のそれまた一部分は、われわれの議論から言えば、社会保障や共済という領域となる。それを再生産の労働過程の一部として、生産と消費のサイクルとしてとらえる必要がある、というのが、ゴータ綱領を批判したマルクスの視点ではなかったろうか。非営利・協同理論あるいは社会的経済の理論は、生産と消費はバラバラにとらえるのではなく、切り離せないシステムとしてみていこうとするものである。
 ●ラッサールたちのゴータ綱領の不十分性のひとつは、資本主義生産過程の理解が一面的なために、ラッサールたちが、労働者の自己救済すなわち、労働過程を通じての解放よりも、国家による救済という一見分かりやすい方式を重視したことに対するマルクスの批判でもあったのである。確かに、マルクスがいわゆる共済(保険)について多くを論じたわけではない。しかし、いわゆる社会保障や共済は、労働者および労働をしない人々を含めたすべての人間の再生産にとって不可欠の部分であり、それは再生産過程の中に組み込まれるものであることをマルクスは述べているのである。ここで言いたいことは、マルクスに興味のある人は、保険や共済といった問題にも大いに関心をもってもらいたいことである。ある意味、保険共済という問題はマルクス社会経済論の重要な核のひとつであるといえる。マルクスはその「生産過程の分析」において保険を位置付けており、諸個人の消費過程において、いわゆる公衆衛生・社会保障などを位置付けている。それはラッサールたちの俗流の考えに比べて、科学的というべきものであった。いわゆる共済というものについての具体的な言及はマルクスにはないが、『ゴータ綱領批判』に見られるマルクスの考えは、労働者たちの主体的な取り組みこそがその解放につながるという観点であった。


●研究所ニュース No.56 2016.12.10

 
『資本主義を超えるマルクス理論入門』を読む
  ――渡辺憲正・平子友長・後藤道夫・箕輪明子・竹内章郎・小西一雄、大月書店、2400 円
   

 ● 久しぶりに読み応えのある理論書を読んだ。マルクス理論の最先端のある意味冒険的な取り組みを誠実に行っている意気込みが読んでいて伝わる。日頃、わかりやすい入門書ばかり読んでいる私としては、この本に読んで、頭脳や思考に刺激を受けた。マルクス理論に関心のある人にはぜひ読んで欲しい。改めてマルクス理論を学習整理できるであろう。それもよく読むと、従来のマルクス主義理論とされたものと比べて一歩進んだあるいは新しい解釈を盛り込んだ工夫がされている。第一部は、革命論、経済学、歴史理論という順番である。この順序にも著者たち独自の工夫がある。これは「社会を変える」、「資本主義を批判する」、「唯物論的歴史観の創造」の3 章に分けられている。第二部は「マルクス理論の射程」である。第二部は「生と生活を問う」と「社会統合と危機」に大別され、それを7 つの現代的テーマとしている。家族・女性、エコロジー、疎外と宗教、ネーション問題、社会主義、現代の経済危機、物象化論である。
 以下は、この本を体系的に書評したり紹介したりするほどの力はないので、一般読者としての単なる部分的感想にすぎない。あえて言えば、非営利・協同論の立場から気のついた感想を加味したものである。
 ● まず、第一に大変に勉強になる。マルクス理論そのものの勉強だからであり、マルクス主義についてではない。本書は、この点を厳しく峻別している。マルクスと友達になってもいいし、師匠にしてもいいが、本書はマルクスの著作そのものをアカデミックに対象としている。一般に、いわゆる従来のマルクス主義理論のどこが問題かといえば、多少玄人的なものいいになるが、MEW(マルエン全集)の編集姿勢に問題ありとするからである。いわゆるMEW 版はまず、ドイツ語がベースになっているが、マルクスはフランス語でも英語でも書き,ギリシャ語をそのまま引用したりするなどしているので、テキストとして厳密性に欠けること、また編集姿勢がソビエト時代のイデオロギーに染まっているからである。私もMEW 版(日本語版を含む)の特に、編集者解説と注には大きな問題があると思っている。単純に言えば,スターリン主義的解釈を押しつけているからである。だからマルクスそのものを読んで考えるという態度には共感する。マルエン全集の注と解説は読むなといいたい。新しいMEGA 版(マルエン全集)が70年代から順次刊行しているが、いつ完成するかは分からない。本書は随所でMEGA 版から直接翻訳引用している。本書によれば、後期マルクスが作った膨大な読書ノートが刊行中で、これがマルクス研究にとっては新しい領分を開くということである。一般読者としてはまさに専門家の手を待つしかそれらに触れることはできない。
 ● このことに関連して、マルクスの共同社会に関しての考えが1860年代あたりから、変化していったという指摘があることである。それはローザ・ルクセンブルクのマルクスの資本主義社会論に対する批判とも関連することであるが、本書ではローザに対して好意的だと思われる。私もマルクスは1860年代くらいまでは、単線的なブルジョアジー社会階級闘争論であったと思うが、資本主義(またマルクスの知らない国家独占資本帝国主義)を通過しなくても(または通過しても)共同社会を実現できるのではないかとマルクスが考えていたらしいことを示唆している。この点で本書は各著者によってその意見のニュアンスはいささか分かれていると思われる。私は、ウォーラーステインの世界システム論やアミンの従属理論については、一定の留保があるが、「資本主義(体制)を超える」議論に重要な問題提起をしていると思う。著者たちはこれらの議論についてどのように考えているのか、もう少し突っ込んで論じて欲しいと思った。また116ページに「いわゆる『市民社会』的マルクス主義は、資本主義において実現されている『市民社会』的要素に幻惑された結果、現代資本主義に対する現代的批判力を失っていった」という文章は、いわゆる構造改革派(長洲一二)や市民社会論(松下圭一など)を指すのだとしたら、1960年代前後のことなので、話が古すぎると思われる。
 ● また理論的に新しいと思われるのは、物象化論である。いわゆる従来のマルクス主義論では、物象化論はほとんど問題にされてこなかったが(廣松渉のイメージが強すぎたか)、本書では大胆に論じていて好感が持てる。しかし、やはり難しい。物象化論は疎外論とつながっているが、これをヘーゲリアンとして若きマルクスの早書きとみなすのか、それともマルクス理論の全体として、また生産にたいする労働者の疎外の克服という人間の解放のキイ概念として探求するのか、マルクス主義者の間でも意見が分かれているところだと思う。この点については、あまり教条的にならずに虚心坦懐に改めて勉強することが必要だというのが読後感である。
 ●さて、非営利・協同の観点からいうと、注目すべき用語がいくつかある。まず「アソシエーション」という用語である。本書では巻末索引によると7 カ所(厳密にいうと8カ所)で「アソシエーション」がでてくる。しかし、その多くは引用文として出てくるのであって、著者たちの理論解釈としてではない。果たしてアソシエーションとはなんなのか。協同組合か生産者の連合体か、はたまたアソシエーションなのか。この点、とくにマルクスによる将来社会像のことを言うのであるから、それがなんであるのかを具体的に言及すべきではないだろうか。本書のタイトルの「資本主義を超える」がどこへ行くのかが漠然とする所以のひとつと思われる。
 ● また、76 ページの注のところのマルクスの引用文(MEGA II/1.2.400)の「ブルジョア社会においては、労働者に対立する物象が真の共同社会になってしまい、労働者はこの共同社会を食い尽くそうとして、かえってこれに食いつくされるのである」とあるが、一部訳が抜けおちているようだ。「ブルジョア社会においては、労働者は、たとえて言えば、客観性のない、主観性としてとどまっており、」としてそれ以下に続くのではないだろうか。また「食い尽くす」(verspeisen)も「おいしく平らげる」くらいの意味がよいのではないか。食い尽くすでは浅ましい感じがする。それでもいいのかもしれないが。さらにいうならば、真の共同体(wahre Gemeinwesen)がイタリックになっているのは、本当か?(Ist das wahr ?)が裏に含まれている表現ではないだろうか。
 ● 本書は、読者のそれぞれの関心のあるテーマについての考えを深めるための材料を与えてくれる。私も労働者および人間の疎外、物象化、共同社会、国民国家、グローバル化、資本主義のメカニズム、エコロジーと資本主義など、いろいろと考えるきっけかを得ることができた。個人的な関心でいうと、「人格」という言葉が自明のものとして使われているが、「人間」や「個人」に代位できない用語としての「人格」(person, ersönlichkeit)とはなにかというのが気になった。それにしても資本主義を超える先がどのようなものになるのかは、依然として私の眼の前には靄がかかっているのである。



●研究所ニュース No.55 2016.8.31


 
差別社会の克服と社会的経済


 ●7月に神奈川県の相模湖の近くの障害者施設「津久井やまゆり園」で、19人を刺殺し、26人に重軽傷を負わせた特異な大量殺人が起き、社会的衝撃を与えた。海外のメディアは、障害者の抹殺を目的としたこの特異な事件をどのように受け止めたかの例をいくつか見てみよう。アメリカのニューヨーク・タイムス(2016/7/25)では、犯人が右翼系のツイッターに投稿していたこと、またオウム真理教の地下鉄サリン事件を想起している。
 また犯人が犯行後、英語で、ビューティフル・ジャパンとツイートしたことにも注目している。オーストラリアのシドニー・モーニング・ヘラルド(2016/8/2)では、犠牲者の名前が発表されないのは、日本においては、障害が恥ずかしいことと見なされているせいではないか、と書いている。フランスのルモンド(2016/7/26)では、日本ではナイフによる犯罪が多いとして、秋葉原殺傷事件、大阪池田小学校殺傷事件などを例にだしている。韓国の朝鮮日報(2016/7/26)では、関連して、日本では難民受け入れをしないこと、障害者や高齢者に対する殺人事件が増えていることなどにも触れている。ドイツのベリヒトガドナー・アンツアイガー(2016/7/25)では、犯人が「日本のために」、「ビューティフル・ジャパン」のためにやったことに注目している。ちなみにドイツ語の見出しでは「殺人鬼(Amoklaufter)」という見出しがつけられている。アモクとはアフリカの言葉に由来し、攻撃的な発作的な精神錯乱により凶暴な殺人を犯すことを意味する。
 ●一方、日本のメディアによる論点は概ね、①こうした異常な犯罪者を予防するための措置とは、②施設による防衛措置の必要、③理念的には、優生思想の顕現をどのように阻止するか、④障害者の人権の擁護、⑤最近の政治社会的風潮との関連、などであった。ここに追加すべきは、⑥社会は障害者をどのように内包するのかあるいは共生するのかという問いの深化であろう。なるほど、障害者との共生社会をめざすべきだという論調は散見できる。しかし、あげられた論点あるいは問題意識のとらえ方では、障害者との共生はお題目に近いものになってしまい、共生社会という目標そのものを観念的情緒的に狭く捕らえることになると思われる。たとえば優生思想の克服として、人権意識の強化という手段をとるということでは、優生差別意識は克服できないであろう。なぜならば、優生法は日本では1940 年に制定され、まさに軍国主義の侵略の補助政策として出されたのである。ナチスドイツにおける優生思想の展開とほぼ時期を同じくしているのは、単なる偶然ではない。侵略と軍事国家としての抑圧体制の一環としての優生思想の台頭という歴史的事実を鑑みて、優生思想を問題にするならば、単に障害者だけを対象として考えるのは、まったく不十分である。ナチスの強制収容所では、ユダヤ人のみならず、また障害者のみならず、あらゆる政治的弱者、社会的弱者が含まれていたのである。
 ●また、26歳の犯人が、衆議院議長に手紙を送ったのは、少なくとも彼の考えを了解してくれるだろうという憶測があったからである。すなわち、活動的でない者は生きている価値がないという考え方は、「一億総活躍社会」の中では障害者も活躍すべきだとする安倍首相の言葉と波長が合うのである。また「美しい日本」とは安倍首相が以前に掲げたスローガンと同じである。今は「強い日本」である。格差社会といわれて久しいが、格差は結果であるが、その原因は差別である。野放しのヘイトスピーチや不寛容社会といわれる現象も、その根っこには差別がある。犯人は障害者殺人自体を目的としていたのではなく、障害者のいない美しい日本を目指していたのであり、また「世界経済」を活性化したいと述べている。その点では、今の政府の要人の言動を見て、彼らが自分に共鳴してくれると信じていたのである。国家(あるいは公共)のために人権を制限するという憲法草案を持つ政権政党の言動に、犯人は敏感に共鳴して、社会的不適合者というよりも、社会の差別化という変化に過剰に適応しようとした感受性の持ち主だともいえる。したがって、今回の事件を個人的要因の事件とか、単に障害者の人権論ということだけを論点とするのでは、事件の社会性を狭く考えることになり、結局のところ、旧態依然のままになるか、障害者施設の要塞化、犯罪予備軍の囲い込みという方向に収斂していってしまうであろう。行き着く先は治安維持法が必要だというねじ曲げ政策であろう。また、犯人が特異な精神錯乱者だということになれば、障害者が障害者を目の敵にした事件という、笑えない話になってしまう。そして、事件の再発を防ぐには、障害者に対する差別意識の改革が必要だという、おおかたの論調になりがちである。しかし、存在が意識を決定するのであって、実際のあり方を変えない限り、意識は変わらないのであるから、意識改革で差別をなくし、共生社会を作るということはできない相談なのである。すなわち、発想の仕方を逆にして、どのような共生社会を作るのか、その中で障害者はどのように社会の構成員のひとりとして人権を行使するのかというふうに考えるべきであろう。差別がない社会システムを目指すことが、差別と差別意識をなくしていくことなのである。そのためにはどのような視点にたつべきであろうか。それは単に障害者福祉や社会保障という軸だけではなくて、より包括的な社会的弱者の社会的包摂(社会的参加)という軸を具体化する必要がある。日本は伝統的に縦割り主義で、ばらばらの個別政策を進めて、総合的多元的な政策作りが苦手な傾向にある。その点では、EU やヨーロッパの社会的経済セクターにおける社会的包摂の取り組みが参考になると思われる。
 ●日本では、障害者運動における共同作業所や社会的事業所の推進、またクロネコヤマトの創設者が進めた障害者によるパン屋などの事例があるが、その規模や法整備は欧米にくらべると貧弱なものである。もちろん、法律による一般企業の障害者雇用義務なども法律化されているが、格差社会の中で非正規雇用の増加など一般労働者が差別されているなかでのことである。それでは非営利・協同セクターあるいは社会的経済セクターにおける、差別に対する取り組みはどのようなものがあるのか。非営利・協同の事業(企業)の目的のなかに、社会的排除に対する事業、社会保障の充実のための事業がある。社会的排除と社会的統合(包摂)とは表裏一体である。外国の事例では、イタリアの社会的協同組合が、障害者を含む社会的弱者に対する社会的排除を克服する自立的な事業活動の構築が進められた。それは1980 年代のことであり、イタリアの1970 年代の精神病院廃止運動と密接につながっていた。社会的協同組合は、単に社会的排除のための事業を社会的弱者に提供するというのではなく、社会的弱者自身が組合員として事業に参加するという、きわめて主体的なものである。人権の実現は、単に権利を享受するということだけではなくて、行使することが不可欠である。イタリアの社会的協同組合を画いた映画「やればできるさ(邦題「人生、ここにあり!」)」(2008)では、1980年代のミラノの知的障害者たちの社会的協同組合の物語である。意外だったのは、障害者たちが組合員として会議に参加し意見を述べ、議決権を行使することであった。当事者の意思を尊重することが実際に行われているのである。映画はその社会的協同組合の成功物語ではなくて、むしろ、仕事や恋や自殺などの挫折の物語でもあるが、人間らしく生きることはなにかをといかけ切々と心に響く。社会的協同組合の対象となる社会的弱者は障害者だけではなく、高齢者、失業者、移民難民、薬物中毒者、前科者なども含んだものである。これらの人々は社会的弱者という同一の範疇の中に置かれ、社会的協同組合が取り組むべき、貧困、差別の克服と生活の実現という事業の対象および主体とされるのである。
 ●EUの社会的経済セクターにおける社会的排除や社会的包摂にかんする取り組みを見るならば、障害者の用語はdisability に代表され、disable やhandicap はその中に包摂されるものである。つまり障害者の概念はより広い。
 社会的経済は、その目的のひとつとして社会的弱者の社会的包摂のための経済活動、すなわち貧困の克服を掲げている。しかも、社会的弱者自身がその当事者としての主権である人権を行使するための参加的関与を重視する。障害者もその中に含まれる。EU域内での社会的経済セクターとしては、2007年以降、ヨーロッパ社会的経済会議(CEP-CMAF)が、ヨーロッパ障害者協議会(FDF)と協働して、社会的経済企業や組織における社会的弱者(障害者を含む)の社会的統合にむけての取り組みを、各国に諸団体を通じて進めている。すべての人は同じ人権を持っているという考えが基本にあり、取り組むべき課題を総合的に見ていることが、大事な点である。この取り組みは、EUの障害者政策、反差別政策などと連動している。そして実施すべき分野の項目として、雇用、教育、財とサービス、保健医療、余暇活動、財政、住宅をあげ、またそれらに共通する課題として、障害者の関与度の向上、取り組み事例の提示とガイドラインの作成をあげている。またヨーロッパ各国では、こうした項目分野に関わる障害者団体がいくつも存在する。たとえば、障害者住宅協会(ベルギー)があり、また余暇については、障害者のくらしや余暇の過ごし方に対する画一的な考え方を避けて、多様なあり方を追求しているフランスの「多様な余暇協会」というアソシエーションがある。またイタリアの倫理銀行をはじめとするヨーロッパ各国の協同組合銀行は、障害者を対象とした社会的企業や社会的協同組合向けの貸し付けを実施している。もちろん、保健医療や財政(所得保障)をはじめとして各項目についての行政による公的責任が重要である。
 ●社会的経済セクターは、これらの各分野において様々な事業展開をしている。すなわち、人々の社会的環境をよくするための各分野の取り組みが、総合的な概念として社会的経済セクターとして認識されている。ヨーロッパにおける各種の協同組合、共済組合、非営利組織、社会的企業などがその分野に関わりなく、というより、分野に共通している実施項目を念頭に置きながら、取り組みを行っている。逆にいうと、障害者個人にとっては、福祉や労働、あるいは生活保障(住宅、所得、医療など)がばらばらにあるのではなくて、全部ひっくるめて関係しているからである。社会的経済あるいは非営利・協同の取り組みは、人権の包括的な行使という視点で取り組まれているもっとも有力な形態であるといえる。
 ●日本は先進国の中で、非営利・協同セクターの形成が、唯一と言っていいほど進んでいない国である。すでに韓国でも社会的企業法が制定され、ある意味では追い越されてしまった。今回の津久井やまゆり園の事件は、障害者に関する問題というよりも社会的排除や社会的統合の問題であり、差別・貧困のない共生社会をどのように作るかという、市民社会の課題としてとらえる必要があり、非営利・協同セクターがどのように構築されるべきかという自問をすべきことがらであろう。障害者施設が山奥に作られ、保育所が町内にできることに反対するような地域社会では、共生はお題目にすぎない。町の中で障害者の姿が見られ、同一の人権を行使できる地域コミュニティができるためには、多様な取り組みがあり、非営利・協同セクターの役割が期待される。

   


●研究所ニュース No.54 2016.6.30


 
年金積立金の市場化はいかがなものか


 ●安倍政権はアベノミックスのかけ声の下、2 年前の平成26年2014)に、130 兆円という膨大な積立金を保有する公的年金資産を株式市場に投入する方針を打ち出した。それまで、年金積立金の基本ポートフォリオ(資産構成)は、日本国債60%、日本株12%および外国債11%、外国株12%としていたが、それを変更し、国債35%、日本株25%に、外国債15%、外国株25%とした。すなわち、国債は半減、外国株は50%を占めることとなった。内外の国債に対するいわゆる財政投融資の比率は72%から50%に低下した。いわゆる公的年金積立金は、厚生年金部分と国民年金部門に分かれている。これには公務員を対象にした国共済年金(7兆8 千億円)は含まれない。しかし、国共済年金も、同様の基本ポートフォリオが適用されることになった。改正以前の国共済年金の資産構成は、国債74%、日本株8%、外国債2%、外国株8%、貸し付け等8%の比率であった。公務員共済年金も民間に右にならえとなった案配である。そして、新しい基本構成は許容範囲をもうけており、結局、株式投資比率は最大67%まで可能となっている。さらに市場運用比率は95%程度に達している。平成13年(2001)からの年金資産の自主運用開始時の市場運用比率は約70%であった。さらに平成16年(2004)の年金制度改正により保険料水準の将来的固定、給付水準のスライド方式、国庫負担の1/2 への増額とあわせて、積立金の活用を図り、年金は100年間は安心をめざしたとしたのである。
 ●ところで、公的年金の収支は表の通りである(厚労省資料)。(なおこの数字は厚労省の他の資料(たとえば「厚生年金・国民年金の平成26年度収支決算の概要」とは整合していない。そこでは積立金残高は時価ベースで145 兆円となっている。どうやらいろいろな数字があるようである)。表によれば、運用収益2.4兆円で、支出50.6兆円に対し約5%である。

  

 ●GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、もともとは1961年に設立された年金福祉事業団であり、1986年から財政投融資による年金資金運用を開始し、2001年に年金資金運用基金を設立し、2006年GPIFを設立したのである。金融市場での運用は民間の約90の内外金融マネージメント会社に運用を委託している。また、GPIF では、海外の公的年金の運用状況については、日本と同じような公的資金運用をしている国としては、わずかにカナダと米国のいくつかの州の公務員年金を上げているにすぎない。それでカナダについて見ると、カナダはCPP(Canadian Pension Plan)というもので、2012年度のCPP投資委員会の年次報告書によれば、投資向け年金資産は2191億カナダドルで、そのうち (カナダ)国内投資分が40.2%で651億ドル、外国投資分59.8%で967億ドルである。過去10年間で年平均6.2%の収益率で累積収益は594億ドル、年平均59.4億ドルとなる。また、年金制度収入は49億ドルで、そのうち保険料収益は39億ドル、投資収益は10億ドルで約2 割を占める。一方、年金制度支出は34 億ドルで、収支は14 億ドルの黒字である。カナダでもリーマンショックによる2009年度の年金の金融市場投資での赤字は103億ドルであった。2014年度では年金資産は2191億ドルに増加している。株式市場で885億ドル投資し、公的税制投融資に130億ドルとなっている。カナダのCPP は日本のGPIFとは同一とは必ずしもいえない。投資額は試算の半分くらいであるから、日本のようにほとんどをマネーゲームにつぎ込んでいるのとは異なるので、日本は資産のキャッシュフロー化が資産の安定性を損なっていると思われる。
 一方、ヨーロッパのEU 各国、とりわけフランスやドイツなどの公的年金制度は、国際投資市場への参入を嫌っている。EU は年金資産マネージメントの法律を設定している。確かに年金制度改正の動きは続いており年金資産管理についても競争圧力などが強まっている。いまのところ各国内での運用が主流であるが、イギリスのEU 離脱などを含めて、EU 全体の足並みは乱れるかもしれない。いずれにせよ、社会保障としての公的年金制度の資産運用のあり方はマネーゲームに依存しないという方式がとられている。
 ●アベノミックスによる金融市場活性化のために、公的年金資産をハイリスク・ハイリターンのゲームに投入することは、当然ながらリスクが増大する。そもそも年金という社会保障は人々の生活におけるリスクを軽減するためのものであるが、その手段がハイリスクでよいのであろうか。ハイリターンは結果の一つであって、もうひとつの結果はハイロスである。これまで、内外の国債を主たる投資先としていたのは、ハイロスを避けるためであった。なにしろ原資が目減りしては元も子もなくなるからである。現に、リーマンショックによる平成20年(2008)には9兆3 千億円の損失を出している。しかし、政府は自主運用の開始の平成13年度(2001)から平成26年度(2014)までの累計で約62 兆円の黒字(収益)(年平均収益率3.3%)を出しているからよいのだといっている。年平均4.4兆円の収益という数字になる。だが、株式投資に大きく舵を切って、金融市場で常に勝ち馬になれるのか、あるいは大勝ち大負けのジェットコースターとなり、いつか大恐慌のようにすべてを失うという危険はないのであろうか。これは原発の安全神話同様に、年金投資神話ではないだろうか。
 ●現に、平成27 年度(2015)のGPIF の発表した年金資産運用状況を見ると、第一四半期(4-6 月)は2兆6千億円の黒字、第二四半期(7-9 月)は8月のチャイナショックの影響か7兆8 千億円の赤字、第三四半期(10-12 月)は4 兆7千億円の黒字、第四四半期の発表はもう数字はでているはずであるが、発表の時期は例年より遅らせて、参院選の終わった7月27日に発表するとしている。2015年度のGPIF の投資運用は大きな損失になることは確実といわれている。さらに、今回のイギリス離脱騒ぎによる為替変動により短期の内に5兆円くらいの損失を出しているという情報もある。
 ●ところで公的年金資産を投資に運用するGPIF では、経平成26(2014)年度では137兆円を運用して15兆円儲けたという。収益率12%という数字は、素人目には、どこを押したらそんなに金融市場でそんなに儲けることができるのかと不思議である。きっとどこかの国の誰かが大損しているに違いないと思うのである。こんないいことがずっと続くことはないと小心者は思うのである。2015 年1月9日の衆院予算委員会での民主党長妻議員のGPIF の資産運用のリスクについての政府答弁書(安倍首相)では、現行の変更ポートフォリオにおいて仮にリーマンショックが起きた場合の損失を試算すると26.2兆円となり、2008年度の9兆円の約3倍の損失の発生が見込まれると述べている。また、米国連邦政府の公的年金制度においてその社会保障信託基金が市場化していない理由については、日本政府としてはその理由を承知していないが、グリーンスパンが、政府の介入による市場の効率性への影響に懸念がある旨の証言があった、と答弁している。米国のこの年金基金の利回りは2013年度で3.8%だと述べている。米国では2000年のゴア/ブッシュの大統領選挙戦のときに、年金制度問題が大きな争点となった。アメリカで社会保障といえば年金のことであった(医療は国民保険制度がないから)。労働人口の95%が加入する公的年金制度である。このままでいくと30年後くらいに年金基金が枯渇するから民営化しろという主張である。結果は、ブッシュ政権においても公的年金基金の民営化をしないとなった。この米国の公的年金にあり方について、経済学者たちが民営化する必要はない、基金は枯渇しないという結論を出した論議は、『社会保障は民営化すべきか』(下記参照※)に詳しい。米国の経済学者たちは、公的年金の株式運用を非効率と判断した。かたや日本の経済学者および社会保障学者たちは、同様の議論を真剣に行っているだろうか。


●研究所ニュース No.53 2016.2.29


 
「空想から科学へ」


 ● エンゲルスの『空想から科学へ』は、1880年に出された。正式には、『社会主義の発展。ユートピアから科学へ』である。最初はフランス語で出版された。もともとは1876年から連載された『反デューリング論』の中から、フランス労働者階級向けのパンフレットとして抜き出したものを、マルクスの娘婿であるP.ラファルグの手を借りてフランス語に訳したものである。デューリング批判を書いた理由は、デューリングという学者の著作『国民経済学および社会主義の批判的歴史』などの知ったかぶりを批判し、その悪しき影響力を排除することであった。当時、1875年にマルクスとエンゲルスは、ドイツ社会民主党の「ゴータ綱領」批判などを書いて、ラサール派などを批判していたのである。デューリングの哲学、経済学、社会主義についての言説は、左翼の中にも一定の影響力があると思われたのである。しかし、『空想から科学へ』は、これはこれで独立した文献だといってよい。何しろ本文にデューリングの名前はまったく出てこないからである。つまり、フランス人にとってはデューリングって誰? ということだし、またドイツ社会民主党における事情も1880年代に入って変わっているということであったろう。
 ● ところで、よく言われるように、『空想から科学へ』の言いたいことは、空想的社会主義はだめで、科学的社会主義がいいのだ、ということではなかった。『反デューリング論』は、ケネー、スミス、ヘーゲル、ダーウィン、ルソーそしてオウエンやフーリエなど、デューリングが引き合いに出して否定しゆがめていることについての反論で、彼らの諸言説を科学的(学問的に)に評価し、デューリングのでたらめぶりを排除することであったと思われる。ちなみにデューリングは、オウエン、フーリエ、サン=シモンたちを「社会的錬金術師」と揶揄している。それによれば、フーリエはその名前のとおり「狂気(フー、fou)」の人間だし、サン=シモンは自分を「聖人(サン、saint)」と思っている誇大妄想人間だし、オウエンは「ああ、悲しいかな(オーウエー、o-weh)」ぼやけて貧弱な観念の持ち主なのであった。エンゲルスが『空想から科学へ』の第一版序文(1882)の中で、「吾々ドイツの社会主義者は、ただにサン・シモン、フーリエおよびオーウェンを祖とするばかりでなく、カント、フィヒテおよびヘーゲルの流を汲んでいることを、吾々の誇りとするものである」(大内兵衛訳)と書いているように、科学的社会主義のルーツの一つはユートピア社会主義であったのである。
 いわゆるユートピア社会主義と呼ばれる彼らが、自らをユートピアンと呼んだ訳ではない。ユートピアという言葉は、トマス・モアの『ユートピア』(1516)という架空理想社会像によってよく知られるが、下ってエンゲルスの時代においては、ウィリアム・モリスの『ユートピア(nowhere)だより』(1890)もある。ユートピア論は、いつもそのときどきの現実社会の反措定として描かれた。いわゆるユートピア社会主義者が活動したのはフランス革命前後すなわち、1800年前後のヨーロッパであった。それは産業革命が起こり、封建的旧体制(アンシャン・レジーム)からブルジョア的新体制に移行する過渡期であった。過渡期と簡単に言うが、それは後追いの定義付けでであって、その時点では、先行きオタマジャクシが何になるのかは、誰もはっきり言うことはできないのであり、それができるのは予言者であり透視家(ビジョナリー)でしかないであろう。
 ● フーリエやオウエンの1800年代は、産業革命が進みはじめ近代的工業が展開しつつあり、封建的旧体制は崩壊しつつあった。ブルジョア的自由主義がその理論的支柱となり始めたが、工場という分業体制が確立する以前に、当然ながら労働者階級は形成されていなかった。このブルジョア的ヘゲモニーあるいは専横に対して、理性の時代の名の下に対抗しうる考えは、人間解放の理念の具体的適用であった。フランス革命は、人および市民という概念を定着させた。エンゲルスが書いているように「1802年にサン・シモンのジュネーブの手紙が現れ、1808年にはフーリエの最初の著作が現れた。1800年にはロバート・オーウェンがニュー・ラナークの管理を引き受けた。しかし、このころには資本主義的生産様式も、それにともなってまたブルジョアジーとプロレタリアートの対立もきわめて未発達であった」のである。
 当時のヨーロッパの思想の中心は、調和(ハーモニー)であった。社会的矛盾をいかに調和させることによって、公正な新しい社会を作ることができるかが大きなテーマであった。産業主義がそのスローガンといえる。オウエンのアメリカでの実験村は「ニュー・ハーモニー」と名付けられたし、フーリエの共同体ファランステールの建物も左右対称の調和をもったものであった。あたかも貸借対照表のように、左右が等式で結ばれることは、需要と供給、生産と消費、都市と農村との相関関係や矛盾の克服を示すべきもののようであった。また、近代的国家すなわち国民(民族)国家はまだ存在しなかった。つまり空想的社会主義の時代になく科学的社会主義の時代にあった現象とは、産業資本主義の台頭と国民国家の登場であり、新しい社会階級としての賃金労働者階級の形成である。昔を今の基準で評価することは、ないものねだりである。たとえば、アリストテレスは飛行機を知らないので、現代人より物知らずだなどと言うのは馬鹿げている。進化論からすれば、ギリシャ彫刻は現代彫刻に劣るということになるのであろうか。たしかに、ものごとが時代の制約を受けるものだという思想自体が近代思想かもしれない。
 空想的社会主義が、社会において国民国家の機能を思案の埒外において、共同体(経済と生活の両方を実現するコロニー)を実践したところに、その優れたところがあるであろう。それは、サン=シモンが言うように、人々は生産的労働をする産業者であり、労働を通じて個人は自己実現をするという考えは、マルクスとエンゲルスが描く、共産主義社会の姿でもある。
 ● エンゲルスが『反デューリング論』を書いた1880年前後の、科学的社会主義理論における議論の目標のひとつは、デューリングに象徴されるような、資本主義や国民国家の発展変化が進んでいるにもかかわらず、空想的社会主義者たちからも、もっと遅れた程度の低い経済コンミューンが可能であるかのように説く「エセ社会主義」の影響を粉砕したいということであったに違いない。『空想から科学へ』が、ちょっと見、ユートピアン批判のように見えたりするのは、フーリエやオウエンたちを批判することではなく、彼らを揶揄しているデューリング自身が、ユートピアン以下の妄想主義であり、残念なことにそのような俗流科学が社会主義理論でも一定の支持を得ていることに対する反論であったであろう。マルクスの『ゴータ綱領批判』は、短いものであるが、ラサール派たちが国家というものを当てにして、労働の解放をしようとしていることに反論している点が重要だと思われる。ラサール派は協同組合を国家支援に基づいて作ると言うのに対して、マルクスは協同組合は国家から離れて(すなわち、労働者の自主的共同で)運営することに意味があると述べている。すなわち、『ゴータ綱領』をより良く読むためには、『空想から科学へ』とさらには、それのもっと詳しく語った『反デューリング論』に目を通すと良いと思われる。
 ● しかし、マルクス・エンゲルスたちが、どのような未来社会を想定していたのか、あるいは社会はどうなると考えていたのか、ということを現時点で考えてみると、一つの隘路は、やはり国家論であっただろう。マルクスは未来において、「国家は廃止されるのではなく死滅するのである」といい、そのとき、唯一残った労働者階級もまた自己止揚するとき、社会的労働の形態がどのようなものになっているのかは、明確ではない。共同所有が国有企業であるという実験はロシア革命以後この100年の経験から見てうまくいかなかった。簡略すぎる言い方になるが、ユートピアンたちは新社会(的所有)を考えたが、国家(的所有)は考えなかった。マルクス、エンゲルスは新国家(的所有)を考えたが新社会(的所有)の決め手は考えられなかった。というより、科学的精神により、わからないことをわかったように書くということはしなかったのであろう。階級闘争を想定し、そして階級の消滅とともにその終焉の未来を迎えたときに、どのような社会を想定していたのか、社会的労働の形態は共同所有、国有企業という形態をとるべきだとしても、国家が死滅した後はどうなるのか。必然の王国から自由の王国になるとき人間はどうあるのか、というのは、人間的存在の自己実現、簡単にいうと諸個人がどうしたら幸せになれるのかという願望においては空想的社会主義も科学的社会主義も同じビジョンだと言えるのではないであろうか。
 ● エンゲルスは、自分たちはまたフィヒテやヘーゲルの流れを汲んでいると述べているように、科学的社会主義もやはり時代の子であって、国民国家のプログラムをその歴史的必然の不可避的プロセスとして、すなわち、未来社会の過渡期として是認していたのではないであろうか。フィヒテは、ナポレオン侵略に対して『ドイツ国民に告ぐ』において、教育によりドイツ民族の独立を目指すことを主張した。しかし、私としてはマルクス、エンゲルスの思想は、一般に思われているような「科学的社会主義」や一国社会主義(民族的社会主義)というよりも、もっと広く深いものに見えるし、インターナショナルな視野をもったものだと思われるが、それでもやはりドイツ思想の流れを汲んでいるものだと思われる。
 彼らの思想の全容をつかむほどの読解力はないが、「俗流」科学的社会主義のイメージを作り上げた大きな要因として、いわゆる『マルクス・エンゲルス全集』の中にある膨大な「編集者注」という解説や、学者たちのマルクス、エンゲルスの著作に対する解説論文があると思われる。つまり、マルクスやエンゲルスが言っていないことまで、さも言ったかのように教条的に解説する、いわば「主人思いの引き倒し」のたぐいである。マルエン全集の読者はこのスターリン時代の教条主義的なねじ曲げ解釈に、知らず知らず、あるいは、教科書的に信頼して読んできた嫌いがあるのではないかと、我ながら反省しているところである。わかりやすい解説よりも原文そのものを読むことが大事だと自戒する今日この頃である。



●研究所ニュース No.52 2015.11.30


 
EUにおける社会的経済の動向


 ● EU の社会的経済の拡大
 ヨーロッパにおける社会的経済の活動は、確実に増大しつつあり、それはEUおよびEU各国の社会経済政策の取り組みの中に、それなりに反映されている。ここでは、EUで纏められた報告を資料として、改めて社会的経済の取り組みの動向について概要を紹介する。(The Social Economy in the Europen Union, European Econimic and social Committee, 2010)
 現在、EU加盟国は27カ国である。このうちEU発足当初から加盟している西欧諸国と、いわゆるソ連圏崩壊後に新規加入した東欧諸国とでは、社会的経済の展開状況は異なる。EU社会経済委員会の見解は、EUの政策的見解を示したものであり、社会的経済セクターの活動主体たちの見解とは必ずしも同じではない。EUは、単一市場の形成を目的とし、EU社会的経済法(協同組合法、財団法など)を制定し、社会的事業組織基金などを設立し、また各国の社会的経済法の制定を支援するなど、政策、資金提供、法整備などを進めてきている。
 EUは、社会的経済組織の歴史を、18世紀おび19世紀の産業革命以後の資本主義制度の中で生まれた、新たな労働者による対抗的な自主的な経済活動および生活保障の運動にその起源を求めている。そして、これらの発展が歴史的には労働組合運動と密接につながっていたとしている。ユートピア社会主義、とりわけイギリスでは19世紀初頭のロバアト・オウエンの活動が源流のひとつとさている。また1844 年ロッチデイル公正先駆者組合の活動を協同組合運動の先駆的事例としてあげている。また、欧米、ラテンアメリカを含めて、キリスト教社会正義運動、古典派経済学、マルクス経済学など、社会民主主義運動、社会リベラルなどの運動も影響を与えているとしている。とりわけ、ルプレやJ.S.ミル、ワルラスなどの経済学理論も社会的経済の源泉のひとつだと指摘している。また国際協同組合同盟(ICA)が1895年に設立された意義も高く評価している。
 現在、社会的経済は、具体的にはアソシエーション(市民事業団体、慈善団体)、協同組合、共済組合などがその源流と見なしている。EUは社会的経済組織を自助組織とも言っている。これは、NPOなどの非営利事業活動なども社会的経済の一部に含めて考えるEUの立場を示すものである。アメリカのサラモン、アンハイアー達、ジョンズ・ホプキンス大学のNPO論では、非営利経済活動の範疇に協同組合を含めておらず、学問的な定義においての相違が見られる。
 1989年にEU委員会は第23総局に社会的経済部門を設置して以来、積極的に推進政策をすめてきた。2009年にEU議会は社会的経済を「社会的モデル」の一つとして促進する報告書を出し、リスボン条約に盛り込み、EU委員会は、企業モデルとして「社会的ビジネスイニシャチブ(事業体)」を創設し、また「ヨーロッパ社会的起業基金」を作った。
 ● 社会的経済の特徴
 EUが認める「社会的経済憲章」によれば、社会的経済の組織の特徴とはつぎのようなものである。
 (1) 民間で、公的セクターがコントロールしていない。
 (2) 法人格を持つ。
 (3) 自主的活動と自己決定能力を持つ。
 (4) 自由加入のメンバーシップ。
 (5) 利潤の分配は、資本比率ではなくて、活動比率。
 (6) 人々のためを目的とする、人的組織であり、資本制組織ではない。
 (7) 民主的組織。一人一票の決定権。
 (8) また、非市場領域で活動する組織や、いわゆる社会活動団体、サードセクターも社会的経済に含まれる。(この点が、サラモンたちの定義とは異なる点である)
 EUの定義においては、社会的経済組織の「社会的有用性」が重視される。一方、サラモンたちの非営利経済組織は「剰余金を配分しない原則」が重視されている。この点で、いわゆるNPO論では非市場における経済事業活動とそれに付随するボランタリイ労働が重視されるが、EUの社会的経済議論では、この非市場領域をも含めた、市場、非市場、準市場(公的市場)などにまたがる、社会的有用性・連帯性(事業者・従業員および利用者・消費者のいずれをも対象とする)を重視する。これを市場の多元性あるいはハイブリッド市場と呼んでいるが、要するに、人々の生活に関わる経済活動領域は、市場、非市場、公的セクターいずれにもまたがって存在しているものであり、その中で人々の自主的なイニシャチブで行う、非営利の民主的な経済事業体の全体を社会的経済組織とよび、営利企業や公営企業と区別しているのである。EU では社会的経済の解釈について、次のような枠組みで説明している。
 (1) 非営利組織的アプローチ(米国)
 これは、すでに述べたように、米国のサラモンたちが1990年代に36カ国の非営利組織を比較研究した結果だされたものである。利潤の非分配原則を金科玉条としているので、協同組合は含まれず、ボランティア団体、慈善団体など、どちらかといえばボランタリイセクター論となっている。ただし、私見によれば、サラモン達の理論は、米国においてもその実体の一部しか見ていないものと思われる。米国には、多くの協同組合があり、また非営利企業法も存在し、内国税法においても、協同組合などに公益性すなわち非営利性が認証され、税制控除の対象となっているからである。

 (2) 途上国支援アプローチ(国連)
 国連では1993年に発展途上国の経済発展のためにNPO活動や慈善活動、家計経済を重視する報告書をまとめ、それ以後、さらに協同組合と社会的経済組織の役割も強調し、2012年を国際協同組合年とするなど、ハンドブックなどを出して、幅広い非営利経済の活用を推進している。

 (3) 連帯経済アプローチ(中南米)
 フランスや中南米で使われているが、その中身は必ずしも同じ物ではない。フランスにおいては、福祉国家のゆらぎの中で新しい社会的ニーズ、とりわけ社会サービス分野でのサービス供給の担い手と見なされる。中南米では、1960年代以降の開発独裁のような不安定な国家経済体制の中で、地域コミュニティが自立的な経済活動を草の根レベルで促進してきた社会運動とつながり、協同組合運動やカトリック社会運動などと密接な関係を持ってきた。なお、現今の社会的連帯経済運動はラテンアメリカ、アジア、アフリカネットワークを形成しつつあり、途上国の内発的社会発展の手段として適用されつつある。
 
 (4) 社会的企業的アプローチ(米国、ヨーロッパ)
 米国における社会的企業とは、営利か非営利かに関係なく、社会的ニーズを実現することを指向する企業を示す。すなわち、企業の社会的責任あるいは社会貢献を重視したものである。私見では、これを「社長さんのための社会的企業」と呼んでいる。一方、ヨーロッパ型の社会的企業は、企業の社会的有用性はもとより、民主制、自主管理性、労働者保護などを基準としたものであり、私見ではこれを「働くみんなのための社会的企業」と呼んでいる。

 (5) その他理論的アプローチ
 社会的経済に関しては、それに類似した構想として、オルタナティブ経済、民衆経済、連帯民衆経済、サード経済、非営利医療経済などという用語が使われる場合がある。
 ● EU主要国の社会的経済の統計
 EU諸国で、社会的経済セクターの規模が大きいのは、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、イギリスなどであるが、労働力比率で見ると、スウェーデン、ベルギー、オランダ、イタリアなどが上位である。東欧の旧社会主義は、後発組と言えるが、チェコ、スロバキア、ポーランドなど、もともと一定の工業力を持つ国に社会的経済の発展の傾向が見られるが、その他の国は、旧社会主義体制から、経済の民主化の進行はあまり進んでいないと思われる。
 現在、EU27カ国において、207,000協同組合、従業員470万人、組合員1億800 万人(2009)である。医療・社会サービスの共済組合は1 億2000万人の保障を行い、保険共済市場の24%を占めている。アソシエーション(非営利組織)は860万人の従業員、EU市民の50%がなんらかのアソシエーションに加入しており、GDP の4%を占めるとされる。

  


●研究所ニュース No.51 2015.8.31

  
ベニスの商人、ヘイトスピーチと保険


 ● この夏、シェークスピアの『ベニスの商人』を読み直した。というよりも英語で初めて読んだ。翻訳では過去2回読んでいる。1回目は中学か高校のときで、痛快な人肉裁判事件という印象であった。それから10年くらい経って、一連のシェークスピア作品を岩波文庫で読みすすめる中で、再び『ベニスの商人』を読んだ。このときは、ユダヤ人金貸しシャイロックに同情したが、あまり細かなことは考えなかった。その後、ヨーロッパの社会経済史を囓るうちに、だんだんおぼろげながら、いろいろ考えることが増えた。
 今回、『ベニスの商人』を英語で読んで、ハタと分かったことがいくつかある。英語が他の作品、たとえば『リチャード三世』などと比べると読みやすいことである。もちろん古英語なので、現在では使われない動詞や代名詞や言い回しがでてくるが、『ベニスの商人』は、当時の「現代劇」であり、『リチャード三世』は、シェークスピアの時代、すなわち1600年前後からさらに150年さかのぼる時代で、時代劇だということが分かった。たとえば、『リチャード三世』はNHKの大河時代劇のもったいぶったせりふ回しとおなじと思われる。一方『ベニスの商人』は商人階級の話である。私の英語力では、原典を読むのに苦労したのには変わりない。
 また、これまでシェークスピアを偉大な古典劇と思って読んでいたが、そうした姿勢も、文学の楽しみと理解を半減させるものだと思った。つまり、古典とか教科書とかとして、ありがたがって読むと、それだけで学習するという気持ちが強くなって、楽しんで鑑賞するとか、自分の頭で考えるという態度が薄れてしまうのである。これはなにも、シェークスピアに限らず、どんな本についても言えることではないだろうか。「すべてをうたがえ」というのはマルクスの言葉であるが、私は哲学書でも歴史書でも推理小説のつもりで読むことにしている。だから推理小説そのものはほとんど読まない。またシェークスピアは大衆演劇で、舞台は3時間くらいのものらしい。だから戯曲を読むのも、本当は同じくらいの時間で読むのが好ましいと思われる。リズムが大切であるが、しかし、英語の辞書をひきひき読むと、そんなわけにはいかない。
 ● シェークピア研究者によれば、『ベニスの商人』は、大衆演劇で、今で言うと、当時の種本のコピペだったそうである。1600年頃のイギリスにおけるユダヤ人排斥の気分に「悪乗り」したものだったという。当時、イギリスにおいては公式にはユダヤ人の国外追放を1290年以来行っていた。当時比較的ユダヤ人に寛容だった国は、スペイン、ポルトガル、イタリア、フランスなどであったが、もちろん差別は存在していた。ユダヤ人がオランダ、ポーランドなど東ヨーロッパに流れてゆくのは、このあたりの時代からである。『ベニスの商人』にはユダヤ人に対するヘイトスピーチにあふれている。ユダヤ人はいやな奴であって、シェークスピアも、それについては当時の常識に沿って、それ以上深くは考えなかったものと思われる。
 ベニスすなわちベネチア商人たちが東西貿易で富を築く時代の、このドラマでは金貸しのシャイロックから船の交易のために巨額の借金をする。そのときのキイワードは利子である。現在、イスラムの銀行は利子を取らない、と言われているが、キリスト教も中世まで、利子を嫌悪してきたのである。宗教改革により1500年代に入ってから新教プロテスタントが登場し、その後、カルバン主義は利子を認め、資本主義の準備の一翼を担ったのは周知のことがらである。伝統的にユダヤ人はヨーロッパ社会においてニッチな存在で、どこの国でもユダヤ人街というゲットーに住んでいた。私もバルセロナやプラハのゲットーを見たことがある。プラハのゲットーはかの『変身』のF.カフカが住んでいた町である。中世のユダヤ人の職業の自由はきわめて限られていた。ユダヤ人に許された仕事は、いまでいう3K の仕事である。すなわち、医師、金貸し、弁護士などが含まれていた。これらの仕事は、キリスト教徒のすべき仕事とは見なされなかった。現在の職業的地位からすると大変奇異に思われるかもしれないが、ちゃんとした生産労働とはみなされなかった。聖書にもあるように、金持ちが天国の門をくぐるのは、ラクダが針の穴を通るより難しいとされていた。また、当初、血を見る汚らわしい外科は身分の低い者が携わる仕事と考えられ、医師というものは患者には触れなかったものなのである。
 ● 『ベニスの商人』の背景には、1594年に女王エリザベス1 世の主治医でポルトガル出身のユダヤ人医師ロペスなる人物が、女王毒殺を企てたとして処刑された事件があった。この事件は英国民の反ユダヤ的気分をあおった。政治的えん罪だといわれている。エリザベスの前の女王メアリは、スペインとポルトガルの王であるフェリペ2 世と結婚していたし、フェリペはメアリの死後、エリザベスとも再婚したかったが振れられたという経緯もあり、スペインからのオランダの独立戦争もありで、当時のヨーロッパの政治情勢は混沌としていた。
 またベネチアはアジアとの東西貿易の拠点として栄えたわけであるが、貿易船を用意して出かけていくための資金は、「投資金」として募った。また貿易船は、海難事故その他に遭い、必ずしも帰還する訳ではない。劇中、アントニオが言うように、投資による儲けは利子による儲けとは違うとして、キリスト教徒において投資は是認された。利子の是認まであと一歩であった。ここに投資家という新しい資本主義者階級の登場を見て取れる。シャイロックはこの投資資金を貸し付けたのである。キリスト教徒は利子を取らないと言われ、その欺瞞的挑発に乗せられて、シャイロックは貸付金もパーになってしまうのもかまわず、例の船が沈んだときに「肉1 ポンド」の担保を言うのである。それにしてもカネを借りるアントニオたちの態度は、借りてやるという、あくまでも上から目線である。キリスト教徒としてのずうずうしさは、ドラマの中でシャイロックの娘がキリスト教徒に恋をして、父親を否定させている筋立てにも現れている。そして最後にはニセ裁判で「キリスト教徒の血は一滴も取らせない」という詭弁的判決で、カネも娘もキリスト教徒にとられてしまうのである。踏んだり蹴ったりである。この筋立ては当時のヨーロッパにおける文学の定番のひとつであった。当時の観客は、それを当たり前だと考えていた。ちなみに「ベニスの商人」とはシャイロックのことではなくて、アントニオのことである。さらにアントニオの友人は、遺産相続人の金持ち女と結婚して、貿易事業がうまくいくという、おまけのエピソードもついている。このへんの仕組みは、ピケティ本の中で、金持ちの歴史の事例に加えて貰いたかったくらいである(事務局注:「ピケティ『21 世紀の資本』の前後読み」、ニュースNo.49 参照)。
 この大航海貿易船のリスクを回避するために保険(対物)は生まれたといってよい。それ以前に社会的に存在したのは共済であり、これは人々の、お互い様の相互扶助であり、生活保障であり、対人的社会的連帯の現れであった。保険の誕生と投資は密接な関係がある。アントニオが言うように、投資と利子は違う。イタリアにおける銀行の設立と保険事業の発生は、14 世紀イタリアルネサンスの前後であった。イタリアは海上保険の発祥地といわれる。しかし、それらは相互保険であって、近代的な株式会社保険は19 世紀になってからである。イギリスのロイズ保険会社も17 世紀にできた海上保険組合が始まりである。現在は、第一生命のように相互保険会社が株式会社に転換するのが目立つ。
 非営利から営利への移行である。共済組織は生活保障の相互扶助から始まっているが、いまや制度共済は規模が巨大化して、保険市場(生命、医療、対物など)で営利保険会社と競合している。その存在意義がどこにあるのかという、大きな課題を抱えている。共済は保険の応用だという考えが共済陣営にもあるが、その出自も目的も異なるものである。現代の金融自由化は、共済と保険の同一化を画策し、また銀行と保険の事業合併が進められている。われわれも金融と資本そして労働との関係をさらに勉強していく必要があるだろう。『ベニスの商人』の描いた世界は、利己的な資本主義的思考の勃興期の話であり、またユダヤ的価値観を、利己的な商人資本主義の担い手となる新しいタイプのキリスト教徒のエートスに入れ込んでいく過程を、結果的に描くことになった。この問題はさらに、マルクスの『ユダヤ人問題』やマックス・ウェーバーのユダヤ教研究で取り上げられることになる。



●研究所ニュース No.50 2015.5.31


  
シカゴの若者雇用創出運動


 ● アメリカのシカゴは、ニューヨークに次ぐ全米第二の都市と言われ、人口271 万人 (1950年に最大の362万人)である。五大湖のひとつミシガン湖に接し、米国内の産業・流通・交通の要衝である。古くはイリノイインディアンの土地であった。イリノイ州は東ヨーロッパからの移民が多く流入した。シカゴは金融や大企業(ボーイング社、モトローラ社、マクドナルドなど)がある。製造部門の売上高の約7割は輸出である。


  


 かつては食肉産業や穀物地帯(コーンベルト)の集積地であり、1920年代の禁酒法時代のアル・カポネとFBI の戦いを描いた「アッタッチャブル」あるいはハリソン・フォードの映画「逃亡者」など映画の舞台になった。またずっと全米一だった高層ビル(旧シアーズタワー)があり、シカゴ学派のシカゴ大学がある。町の道路は碁盤状に整然としている。中心地にはループと呼ばれる環状高架鉄道が走っている。人口分布は、戦後すぐには白人9割、黒人1割であったが、現在では白人45%、ヒスパニック系30%、黒人33%、アジア系5%などとなっている(2010)。通りを隔てて、白人地区と貧しい黒人地区などがあるので雰囲気が一変する地域もあり、移民の国アメリカを象徴する町のひとつでもある。シカゴは土地柄、労働運動が盛んであったので、1930 年代前後には、シカゴ・ルネサンスと呼ばれる左翼文学運動が発生し、詩人のカール・サンドバークの『シカゴ詩集』や黒人文学のリチャード・ライト『アメリカの息子』の舞台ともなった。
 ● 労働コミュニティ研究センターの活動
 シカゴの労働コミュニティ研究センター(CLCR)は民間非営利団体で、1982年に設立された労働産業問題のセンターである。シカゴは1970年代の産業不況で、企業の倒産失業の問題が深刻なコミュニティ問題となってきていた。若者とりわけ、黒人系やヒスパニック系の若者の失業・低賃金と貧困をどのようになくしていくかのプロジェクトを模索していた。シカゴでの経済不況のしわ寄せがまず社会的弱者の失業となって現れるからであった。センターは行政や労働組合そしてそうした問題に関心のある企業やNPO に働きかけて、いくつかの試みを始めた。センターのリーダーの労働運動出身のD.スイニー(Dan Swinney、白人。筆者の知人)は、大学で経済学を学んだ。妻は経済研究者で黒人であり、中国にレクチャーに行ったりしている。そのせいか、センターには客員研究員で、本国とも関係の深い中国系の研究者がいる。また、スタッフにはスペイン語ができる人もおり、ヒスパニック系の問題に対応するからには当然のことであろう。
 スイニーは、シカゴの産業の衰退の原因の一つがグローバル化による国内企業の海外移転や倒産であり、その結果の失業・貧困問題の発生として、問題を解決するために、いろいろな企業モデルについて、社会主義モデル、社会民主主義モデル、環境モデル、英米の従業員持株企業モデル(ESOP)など代替的なモデルの検討を行った。その中で、スペインのモンドラゴンモデルにも注目し、とりわけ、モンドラゴンが最初に、若者教育むけの技術専門学校を作って、仕事作りを始めたことに着目した。シカゴにおいても新しいイノベーション技術により、ヒスパニック系や黒人系の若者の職業教育を行うことにより、地域産業とコミュニティの活性化を図る一翼を担うことができると考えた。すなわち、製造業を活性化する必要性を強調したのである。これはイリノイ州が製造業の生産性や賃金水準の指標が全米で5 位前後であることを調査確認して、製造業の分野で取り組むことにしたのである。一般に社会的弱者の雇用分野として社会サービス分野を想定することが多く、また確かにサービス産業の比率がどこにおいても高いが、しかし、製造業において取り組むということも重要であると思われる。一方でシカゴの同センターの運動はまた、モンドラゴンの生協(エロスキ)が独特の労働者参加型生協であることにも注目し、シカゴでおなじような生協を作ろうとした。 
 なお、意外と思われるかもしれないが、アメリカには協同組合が約3万あり、農協、労働者協同組合、フードコープ(生協)、住宅協同組合、電力供給協同組合(電力会社の約3 分の1)、信用組合、共済組合、保健協同組合などが活動している。シカゴには1932 年に設立されたアメリカでも古い伝統のあるハイドパーク生協があり、私も訪問したことがあるが、2008年に閉鎖された。この倒産は、私見によれば、白人中心の協同組合が、ヒスパニック系や黒人系の住民を含んだニーズに対応できなくなったためだと思われる。こうした問題は日本ではなかなか想像しにくいものであろう。
 ● まっとうな製造業への道
 2000年前後にセンターの出した結論は、シカゴを中心とするイリノイ州の産業の衰退の原因である駄目な製造業(短期利益目的、低賃金指向、技術革新なし、従業員の権利無視、株主重視、経営者専横)だったからであり、これに対して「まっとうな道(high road)」(有利な競争分野への迅速な投資と技術イノベーション、従業員のスキルアップ、効率性重視、長期的な視野、ディーセントワーク[人間らしい労働]、適切な賃金、企業・コミュニティとの協働とステークホルダー[みんな当事者]、公正・透明・率直)を指標として、製造業を興し、とりわけ社会的弱者である若者たちに仕事の創出をしていくべきだとした。
 このためにとりわけ、行政や賛同企業や非営利団体の協力を得て事業が進められ、協力団体を集めて、その後2005年にシカゴ製造業ルネサンス会議(CMRC)が設立された。ルネサンスという言葉は、1930年代前後の革新的な社会運動、シカゴ・ルネサンスを想起させるものである。メンバーにはシカゴ市、製造業協会、労働組合連合会などが含まれる。
 ● 技術専門学校を作る
 2007年にオースチン技術専門学校(APA)が同センターなどによってシカゴに設立された。この用語もモンドラゴンの技術専門学校と一緒である。APA は公的高校として認定されており、その目的は、若者の技術教育(数学、コンピュータ、設計、エンジニアリング金属加工、工芸技術、保健[看護師、メディカルアシスタント]など20 数科目)、地域開発、人々の経済発展である。シカゴ西部にあるオースチン地区は、とりわけ製造業雇用が8割以上も減少して、貧困線以下の住民が3割となっている地区である。学生数は約400人である。学生は専門の資格取得を目標にしている。学生は奨学金制度があり、スポーツや平和運動などを自主的に行っている。授業は50分単位で、朝8時から、7時限まである。スペイン語の授業補助者もいる。選択科目の教師には有給者とボランティアがおり、一部の科目については大学と提携しており、また実習については65あまりの協力企業の援助がある。運営資金は、行政からの予算と協力団体企業の寄付により、インターネットでも一般の寄付ができるようにしている。運営については、教員・指導員の確保に苦労しているようである。ちなみに、2014年に米国労働省から表彰され、270万ドルの賞金を得ている。
 ● 広がる製造業ルネサンス運動
 シカゴのこの雇用創出運動モデルは、デトロイトやニューヨーク、カリフォルニアでも同様の製造業ルネサンス協議会が設立され、またオーストラリアの製造業労働組合も注目している。企業、労働組合、コミュニティ、行政、教育、非営利組織などがステークホルダーとして集まり、若者の教育や雇用創出さらにはコミュニティの発展の持続可能性を追求するという方式は、理念的に高いものがある。もちろん実際には、理想どおりにはいかない問題点があるが、小規模ながら、着実に成果を上げていることは確かである。若者が労働における民主主義を学び、また協同組合経済の勉強などもして、労働者として参加的でよりディーセントな仕事をする企業をいかに育て、コミュニティ開発に貢献するのかを、コミュニティを足場にして考え推進するという発想は、日本でも大いに学ぶべき点があるとおもわれる。

 
オースチン技術専門学校(APA)での様子(http://www.austinpolytech.org/)



●研究所ニュース No.49 2015.2.28


  
ピケティ『21 世紀の資本』の前後読み

 ● なぜ評判になったのか?
 フランスの経済学者T.ピケティ(Picketty)の『21 世紀の資本』がブームとなり、日本でも15 万冊も売れて、諸種解説本も出ているという。「アナ雪」や「ハリーポッター」のような騒ぎである。この1 月に経済学者の彼女を連れて来日、精力的に講演などをこなしたようだ。かく言う私もミーハーなので、尻馬に乗ってちょっとかじってみた。とりあえず、本の結論と序論を読み、後はざっと眺めて見た。テキストはフランス語の原書である。私は一応、原書主義者なのである。思ったよりも読みやすい文章である。これなら英語にも訳しやすいであろう。ブームの発端は、アメリカで翻訳本がハーバード大学出版部から出て、著名経済学者のクルーグマンやノーベル賞のスティグリッツなどの書評がでて、20 万部も売れたから、らしい。それで逆流して本国のフランスでも評判となり、数万部売れたらしい。
 この本は各小項目当たり5 ページくらいに短くまとめてあり、読みやすい。200 年間の欧米の税収入の資料を基にしたという図表もなにやら説得的である。さらに、バルザックやオースチンなどの仏英の小説家なども引き合いに出して、社会との関連を具体的にイメージできるのもよい。またこの本は、アメリカのオバマの2016 年度税制改革案の目玉である、いわゆる富裕税課税の論拠になったようである。これは、投資税(キャピタルゲイン)や大銀行へ課税し、その増税分の3 分の2 位を中低所得層の減税に当てようというものである。もちろん、この課税改革案は共和党の反対にあうからすんなり通るかどうかはわからない。ともかく、この本が出た2 年前くらいから、アメリカではウォールストリート占拠運動があったが、そのスローガンが「1%の金持ちとその他99%」というようなものであった。このせりふのネタ元がピケティだったらしいのである。つまり、この本は、格差社会のアメリカを明示してくれたので、アメリカで評判になったのであろう。また、アメリカの経済学者や労働運動家は、日本と違って、意外とマルクス経済学を認めている人が多い、ということもあるのであろう。
 要するに、本書によって、アメリカでは1%の支配階級(classes dominantes)が全体の所得(revenus、すなわち労働所得と資本所得の合計)の20%、次に9%の富裕階級(classesaisees)が30%、さらにその下の中間階級(classes moyennes)が30%、そして最下位のもっとも貧困層である50%を占める庶民階級(classes populaires)が20%しか占めていないと、統計的に明示したのである。つまり上位10%の富裕層で富の50%を占めている。そして2030 年のアメリカではその占有率は60%に増加し、ジニ係数も0.58 になると予測している。もっともこうした切り口はあたらしいものではなく、十数年前にイギリスのWill Hutton も論じている。彼の場合は3 区分で3:4:3 社会といったようなものであった。一方、日本では、格差社会と言われつつも、ピケティの問題提起については、単なる一過性のブームに終わりそうで、富裕税や企業の金融所得への課税などの制度化プランの政治議論にならないところが、日本らしいといえば日本らしい。
 ● 富裕層への課税という順当な結論
 私はこの本の結論から読んだが、社会の不平等を克服するために、富裕層に累進的課税をせよというのには共感した。資本主義のメカニズムが、富裕層の所得を肥大化させ、賃金所得を低減化させるという理屈は、そうだろうと思いつつ、結論にそれほどの新味は感じなかった。金持ち有産者に、もっと課税せよというのは、われわれの従来からの主張である。勝手に自分の力で金持ちになったんじゃないぞ、社会のシステムの結果だし、たくさんの貧乏人がいるから少数の金持ちがいるという考えは、昔から当たり前である。宝くじと同じで、ほとんどの人がはずれるから少数の運の良い人に当たりくじがいくのである。だから、たくさんもうけた分の多くを社会に還元するのが当たり前である。
 しかし、日本でも20 年くらい前から高額所得者に対す課税が下げられた。その理由は、税金が高いと、稼ぐ気持ちかが薄れるとか、外国に逃げちゃうとかという、しょうもない理屈がつけられた。それはともかく、国家の機能としての富の再配分を重視するという観点は従来からあるもので、それは福祉国家が有力である。ピケティは社会的国家(Etat social)という用語を使っている。ほぼ福祉国家(Welfare state)と同義としているようだが、社会権をより重視するという点で、現在フランスなどでの議論では、いわば、「新」社会的国家論の議論が行われているようである。また、租税は当然ながら公権力が強制的に集めるという発想があるから、ピケティは政治経済学(economie politique)という言葉が好みのようである。
 しかし、ピケティは所得を「資本と労働」という2 項目でたてているが、それは資本と労働の対立という旧来のマルクス主義経済学の問題設定とは違う。搾取構造を議論しているわけではない。力点はむしろ収奪の方であろうか。したがって、旧来の階級区分(労働者階級、資本家階級、農民階級など)の区分は使用していない。むしろ、そうしたアプローチをしないで、納税上位1%対残り99%などという説明のほうが、新しい説明の仕方で、アメリカなどでこの本が受けた理由のひとつではないであろうか。労働者階級と貧困という説明から入るよりも超金持ちがいる。それは資産を貯めて相続し続けて、相対的にますますリッチになっていくという構図のほうが、現代的説明、すなわち不平等(格差)を論じるのに適当なのではなかったろうか。
 もっとも金融資産に対する国際的課税という現代的提起の実現の可能性はどうなのか。つまり、1%のスーパーリッチに20%も、すなわち10%の富裕階級に半分ももって行かれている、残りの99%とか90%の人々に、そうしたぼったくりのシステムを打ち壊すだけの力能があるのか、疑問が残る。だから政治経済学が重要だというのは、やはり従来の一般的主張と同じであろう。つまり、1%のスーパーパワー(リッチ)に対する規制を国家あるいは公権力はどのように可能なのかというプロセス論が残る。また、国家予算に基づく再分配機能が、ピケティが引用しているロールズの平等論に基づいて行われるにしても、もっとも貧しい者を優先した再配分という社会的正義(social justice)によっても、一部のスーパーリッチの存在そのものを否定するようなものにはならない。また、福祉国家的な再配分機能がうまく回るとしても、所得(労働と資本)の物差しは、社会保障の脱商品化的尺度あるいは現物給付といったものによって、いくぶん曖昧な物差しとなってしまうであろう。もちろんピケティの本の価値は、データによる歴史的推移の実証にあって、同様な資料勉強をしない限り、それ自体はしばらく誰も反論できないであろう。またスーパーリッチたちが全体の富の半分を占有しているにしても、金融資産は使わなければ価値はないであろう。すなわち、浪費をすることである。しかし、そのおこぼれが、トリクルダウウンしていわゆる下位の庶民階級にどの程度落ちてくるかはわからない。
 ● 21 世紀の日本の所有(労働と資本)のゆくえ
 ピケティ本は、わかりやすく富の偏在を示したのがブームの理由であろう。その効果はアメリカのオバマの富裕税改革に現れている。そして、新しい点は、相続財産という富のあり方への注目であり、富裕階級が財産を減らす時代は、戦争の時代である。すなわち、国家総動員体制のときに、皮肉なことではあるが不平等は減る。日本でも戦時社会政策により社会保障制度がある程度整備されたという歴史がある。でも、命あってのもの種である。
 ピケティはスーパーリッチにも資本収入(金融財産)と労働収入があるとしている。日産のゴーン社長の年俸10 億円も労働収入であり、野球選手の年俸10 億円も労働収入で当然の金額であるということを反映しているのであろう。日本でも近年、アメリカ型のストックオプションが法制化されて、企業における金融所得が促進され、企業に所属していることは二つの収入源が可能ということであろう。問題は、リッチ階級を除いた9割あるいは、5 割とされる庶民(人民)階級が、こうした資本主義企業のシステムと私有財産蓄積の租税制度に対してどのような対案を出すのか、できるのかであろう。つまり支配階級(classes dominantes)が、親切にもそうしたことをしてくれるというおめでたい
話は存在しない。企業税、金融税、消費税をめぐる日本の現状を見るにつけても、富裕税課税などという提案が実現するのは大変である。また、一口に政府による再配分機能と言っても、そのためにどのような政府を作るかといったことだけに関心がいくが、基本はどのような社会を作るかである。われわれは99%だと叫んでも、気恥ずかしいばかりである。多数を占めるとされるわれわれは、政治・経済・社会のいずれの分野にも目配りをした、取り組みを下から進めていくことしか、主体的にできることはない。唐突に聞こえるかもしれないが、社会的経済(Economie sociale)はそうした立ち位置を重視したものである。ピケティ本には、なるほど歴史的実証的分析は分かったが、では誰が何をどうしたら社会変革が進むのかについての解答選択肢の提示は少ない。でもそれはピケティ本の役割ではなく、われわれの仕事なのであろう。



●研究所ニュース No.48 2014.12.15


  
EUの派遣労働と非営利・協同組織


 ● 日本における労働者派遣法のようなものは他の先進諸国にあるのであろうか。どうやら日本独特の形態を持つようである。その労働形態を許している原因のひとつは、企業形態の問題にも関連していることは当然であろう。「派遣労働」の簡単な比較をフランスの事例として、いくつかの問題点を指摘したい。周知のように日本における非正規労働の比率は増大し、雇用者全体の36.7%(平成25年。厚労省)に達している。一般に呼称される非正規社員の定義は、正社員以外の雇用者、である。正社員の定義は非正規社員以外の被雇用者である。これでは、玉子とにわとりのような定義になってしまうが、実のところ、正社員とか非正社員とかの法的な区分定義は存在しない。一応の呼称として、正規従業員、非正規従業員があるが、法体系の用語としてあるわけではないし、その用語ですべての種類を包摂できるのかどうかも、判断はつかない。そもそも被雇用者(被用者)を社員と呼ぶことが、通念的であり正確ではない。周知のように、社員とは株式会社においては、株主であり、従業員のことではない。非正規社員(労働者)の種類は、厚労省によると、勤め先での呼称が、「パート」、「アルバイト」、「労働者派遣事業所の派遣社員」、「嘱託」、「その他」である者、とされている。すなわち、これらの用語はいずれも通念的な呼称にすぎない。これらの種類は、一応、社員あるいは労働者という範疇に属するが、業務請負者は自営業の範疇に属し、労働者あるいは社員と定義されない。日本の法体系では自己雇用労働者および協同労働労働者という概念は存在しない。日本では、このように、用語の定義も不確かなままであることは、ちゃんとした議論をするには、いささか問題であろう。
 ● 正社員と非正社員の格差は、①賃金、②退職金制度、③医療保険、④雇用保険、⑤労働組合、⑥社内労働者福利厚生、などに現れる。したがって、賃金格差だけが問題ではなくて、このそれぞれについて問題を究明してく必要があろう。しかし、これをより複雑化させているのは、近年、正社員の概念や条件そのものが変化あるいは縮小しつつあることである。なにをもって正社員とするのかが不明確になりつつある。
 ●さて、非正社員という範疇の中でも、いわゆる「派遣労働」は、特異な性格を持つ。英語ではtemporary workと一般に呼ばれるようである。しかし、これは臨時労働または臨時雇用というような意味であり、日本の派遣労働の内容を十分カバーしたものにはならない。テンポラリイの対語はパーマネントpermanentで、訳は常勤となる。したがって日本の派遣労働をテンポラリイワークと説明しても、諸外国の研究者の理解を得られない。いっそ、「カローシ」のように、そのまま「ハケン」と言った方が理解を得られやすいかもしれない。私は、以前から労働者派遣法は奴隷法であると、言ってきた。先進国におけるいわゆる派遣労働者制度とは違うものに変質しているからである。ヨーロッパで派遣労働者に実態として類似するものは、英語でテンポラリイワークと呼ばれる種類のものではなくて、英語ではポステッドワークposted workと呼ばれるものが類似しているであろう。ポストとは郵便を送る、派遣するという意味である。EUにおいては、狭義には、EU加盟国間で事業主(雇用主)が他の国に労働者(域内外国人労働者)を派遣するものである。EU単一市場化の中で、労働市場もまたヒトの移動の自由化が促進された。
 高度技術をもつ労働者ばかりでなく、対極にある低賃金労働者すなわち移民労働の移動も増加し、現在、EU 各国での焦眉の社会問題になっている。たとえば、イギリスのキャメロン首相は、移民労働者規制として、社会保障の適用の4 年間の猶予を提案している(2014.12.8)。移民労働migrant workは格差低賃金、不安定就労、社会保障の欠如など、基本的人権を踏みにじられがちな社会集団である。EU では事業主がこうした不安定雇用を行うことをソーシャル・ダンピングsocial dumpingと呼んでいる。日本では、現在深刻化している移民労働者の問題は、ほとんど問題にならず、わずかに外国人労働研修制度や、以前話題になった外国人介護士の問題などが上げられるのみである。対岸の火事と決め込んでいてはならない。それに、日本における外国人労働の導入に対する見解の基調は、ヨーロッパにおける移民労働排斥の論理と類似していて、外国人労働の導入は、自国民の労賃を引き下げる危険があり好ましくないというものである。これでは、ヨーロッパにおける狭くは移民労働問題、広くはソーシャル・ダンピングの解決のための苦闘や法規制という事柄を、日本ではあまり理解せず、むしろ、移民排斥論に近い議論をすることになりかねない。
 ● 現在騒がれているヨーロッパにおける移民労働問題は、日本で想像しがちな、難民のような移民がヨーロッパ各国に流入して3Kの仕事し、賃金水準を押し下げて困るというようなものだけではない。それよりも会社が派遣するポステッドワーカーすなわち派遣労働者の問題が大きく存在する。逆にいえば、日本の派遣労働とすなわち非正規労働の一部を占める領域における社会的問題は、EUにおけるミグラントワークやポステッドワークこそが類似したものであるといえる。つまり、日本においては、EUにおける域内外国人労働問題が非正規労働問題に近いということができる。すると日本の非正規労働者はEUにおける、いわゆる移民労働者と同じといえるかもしれない。日本における格差は、国民内部における格差なのであろうが、それは一等国民とか二等国民とかの格差固定化を形成しつつあるのではないだろうか。
 ● したがって、派遣労働の制度比較として、文字通りのテンポラリイワークの法制度の比較をしても、あまり意味がないことがある。たとえば、フランスの派遣労働としてトラバイユ・タンポレールtravail temporaireの制度を見たら、これは、本来の「派遣労働」であって、派遣労働者は社内の労働者に比べて、格段に給与が高く法制化されている。数字的にもフランスのこの「派遣労働」の数は減少している。日本の派遣労働に近いものは、フランスでは、代行労働travail interim(トラバイユ・アンテリム)と呼ばれるものである。日本でも当初は、派遣法は、フランスのトラバイユ・タンポレールに類似した内容の触れ込みで作られ、高度職能の派遣労働者に限定されたものであった。
 日本では1999年の派遣労働業法の改悪によって、職種が拡大され、期間限定など、労働条件の劣化を促進するものになっている。日本における「イエロー(危険・悪質)」企業化(なお、私は日本におけるブラック企業という呼称は人種差別的であると見る。たとえばアメリカにおいては、ブラック企業という用語で紹介することはできないであろう)、すなわち悪質企業によるソーシャル・ダンピングを助長させている。
 ● ところで派遣労働の特徴は労働形態が「間接雇用」であることである。この定義もはっきりはしないが、要するに労働現場においては請負業に近いものである。すなわち、派遣労働者は派遣会社に帰属する労働者である。派遣元会社と労働契約をむすんでいるのである。したがって、派遣労働問題では、派遣先会社と派遣元会社という2つの会社をターゲットに考えなければならない。この2つの会社によるソーシャル・ダンピングの被害を派遣労働者は被る危険がある。これはヨーロッパにおける移民労働・ポステッドワークに近い。EUではこうした労働者権利保護のための法整備を進めている。この派遣元会社は英語でテンポラリイ・ワーク・エージェンシー、temporary work agency (TWA)と呼ばれる。したがって派遣労働は、temporary agency workと呼んだほうがいいかもしれない。
 ● 実際に派遣労働者を使用する派遣先会社(ホスト・カンパニー)は当然ながら営利企業であるが、しかし実際には、非営利・協同企業も派遣労働を採用しているところがある。ヨーロッパにおいては、雇用創出の手段としての協同組合などの非営利・協同セクターを位置づけているところでは、非正規労働を原則的にしないという雇用方針を採用している。とりわけ労働者協同組合においては、協同労働および経営参加という原則があり、非正規労働を内包する論理に立っていない。人的企業であり、また社会的貢献を掲げる非営利・協同事業組織が、派遣労働や非正規労働を抱えることは、そのガバナンスの整合性を欠くことになる。しかしながら、実際には経営効率性の上で、非正規労働者を採用する場合も多い。その内部矛盾は営利企業にはなく非営利企業にあるといってよい。営利企業はたんなる労働規制の対象となればよいが、非営利企業はその企業文化、ガバナンス、企業目的に関わる問題である。


●研究所ニュース No.47 2014.09.01


 
EUの最低賃金について


 ● 日本では最低賃金法により、最低賃金が県別に定められている。最低賃金とは、厚労省によれば、「国が賃金の最低額を定め、使用者はその最低賃金額以上の賃金を労働者に支払わなければならないとする制度です」と説明している。最低賃金は県別に、最低賃金審議会の諮問を受けて、決められている。この場合、労働者には公務員や自営業は含まれない。すなわち、民間の賃金労働者が対象である。厚労省によると、現在の全国平均の1 時間当たりの最低賃金は764円で、最高は東京の869円、最低は沖縄、宮崎などの664円である。9 月3日付の毎日新聞によれば、「逆転解消」の見だしで、たとえば、広島では、最低賃金が17円上がって、750円になり、生活保護の時給換算737円を上回ると報じている。全国平均の764円として、欧米との比較で換算してみると、(764円×7.5時間×21日÷135円=891.33ユーロ)となる。厚労省の計算では1日7.5時間労働、年間250日としている。またユーロは少し安めに見て、すなわち円が高いと見て135円としてみた数字である。あくまでも目安である。欧米先進国よりずっと低く、米国よりも下の数字である。
 日本では、ことさらに生活保護基準との逆転が問題視されたが、ヨーロッパの最低賃金の様子について取り上げてみた。
 ● 国別の賃金格差10倍
 表1 は、ヨーロッパにおける主要各国の最低賃金の推移の概要である。出所はEU の統計局(ユーロスタット、eurostat)である。この表にドイツ、イタリア、スウェーデン、デンマークなど北欧の数字がないのは、もともと比較できる統計数字がないからである。すなわちこれらの国には一般的な最低賃金制度がない。これは最低賃金の概念に関わるためである。すなわち、一律的な最低賃金という制度なのか、それとも産業(業種)毎に最低賃金が分けられているために、単一の数字が出しにくいか、ということである。すなわち、ユーロスタットの統計表に数字が出ない、上記のような国がそれに該当しよう。表1の数字は、名目上の最低賃金であって、それ自体は単純な賃金比較である。2013年度の最低賃金の最高の国であるルクセンブルグと一応最低の国ルーマニアとの比較では、約11倍の格差がある。同じく2004年度を見ると、その格差は約20倍である。2013年度では米国はスペインよりも低い。
 EU加盟国は現在32カ国であるが、最低賃金制度は28カ国にある。各国区分は4 区分くらいに分けられる。
 EUにおける最低賃金のレベル区分は、ユーロスタットによれば、月額500ユーロ以下の国には東欧などの、ルーマニア、ブルガリア、ラトビア、リトアニア、エストニア、チェコ、ハンガリー、クロアチア、トルコなどが含まれる。月額1,000ユーロ以下にはポルトガル、スペイン、ギリシャ、ポ―ランドなどが含まれる。ついでに米国もこのレベルである。月額1,000ユーロ以上にはその他の国が含まれるが、統計数字のないドイツ、北欧諸国なども当然このレベルである。
 EUの経済力格差はこのように3区分ないしは4区分程度に分けられるのであるから、その平準化、格差是正という、最終的には、ナショナル・ミニマム賃金ならぬ、ヨーロッパ・ミニマム賃金基準といういわば高い理想を掲げた上での問題は、大きな課題を抱えているのは当然であるといえよう。

  
 
 ● 最低賃金とは
 全国一律の最低賃金、すなわちナショナル・ミニマム賃金という制度のある国においても、パートタイム賃金労働者を含めない国や公務員を含めない国もある。いわゆる賃金労働者あるいは被用者の比率は労働人口の9割くらいであるが国によっては、イタリアのように自営業の比較的高い国もある。

  

 
 また算定労働時間や日数も微妙にことなる。たとえば、フランスの計算方式は、(1時間の賃金×35時間×52週)÷12ヶ月で算定しており、米国は40時間で算定している。最低賃金とは最低のことである。たとえば、貧困線(ポバティ・ライン)は、イギリスのブースやラウントリーによって、1900年頃確立した概念であるが、ブースによれば当時のロンドン住民の3割が貧困との調査結果をだしている。ラウントリーは第一次貧困を生存ぎりぎりの絶対的貧困レベル、第二次貧困を生活の再生産ができる最低の貧困と規定した。貧困を維持するためにもカネは必要である。最低賃金の概念は貧困概念と密接な関係にある。生活の再生産のための費用すなわち、購買力価格標準(ppp)との関係でみる必要がある。たとえば、玉子がいくらかということである。ユーロスタット統計では、各国の最低賃金は、平均購買力の30%から50%までの線である。その点では各国ほぼ横並びで、貧困線以下の最低賃金であるといえる。
 が、細かいことは抜きにして、ヨーロッパでは最低賃金と平均(標準)賃金との違いは、たとえば、ベルギーでは59.8%、労働者比率は11.4%、ドイツ57.8%、労働者比率11.4%、イギリス53.2%、労働者比率7.7%などと推定されている(2007年度。ヨーロッ労働組合連合会)。ユーロスタット(2014)によれば、最低賃金労働者比率は、先進国がおおむね5%、中進国10%程度とされている。最低賃金レベルの労働者の種類は、若者、女性、低教育訓練者に集中する。また、パートタイム・不安定就労などによる労働時間が減少することにより低所得になる。
 ● 一般最低金制度のない国
 ドイツやスウェーデン北欧諸国に最低賃金システムがないのではなくて、一般最低賃金制度がないのである。賃金は労使の団体交渉あるいは産別の労働協約によって決められる。これをEUでは「ソーシャル・ダイアログ(社会的対話)」と呼んでいる。もっとも旧東欧諸国の一部には、ナショナル・ミニマム賃金制度も社会的対話のどちらも機能しない国があると思われる。いずれにせよ、ナショナル・ミニマム制度を選ぶか、社会的対話方式を選ぶかは、それぞれの国の労働文化という歴史的な背景によって違っている。しかし、社会的ヨーロッパをその目的とするEUが労働政策・企業政策による基準の同質化を進めていく上で、ヨーロッパ・ミニマム賃金の目標を共通基準としようとするのは当然であろう。そうした場合、ドイツ、北欧型の賃金決定方式のメリットをどのように評価していくのかも問題になる。


  

 ● 日本との相違
 日本との比較で言えば、日本は、ナショナル・ミニマム賃金制度を採用している部類に属し、多少の地域格差がある。したがって、ドイツや北欧のような、最低賃金法がなく、産別の団体交渉により賃金が決まる型ではない。ただし、ドイツは一般最低賃金制度の採用の方向にあるという。しかし、最低賃金法がないということは、賃金が産別に決められ、一般化できないということである。ここで最低という考え方は、どのように捉えられているのであろうか。
 日本での貧困線定義は、平均(中央値)賃金の半分以下(50%)とされており、近年、この貧困線以下の年収200万円以下などといわれる労働者が増加しているのは周知の事実である。その実態は、ブースの調査した19 世紀末のロンドンの貧困比率に、現在の日本が近づきつつあるといえる。すでに、2009年度で日本の相対的貧困率は16%と厚労省は発表している。最近では子供の貧困など、社会サービスの現物支給、税制などと絡んで貧困問題が議論されているが、最低賃金議論は貧困問題の中核である。
 ヨーロッパでは最低賃金レベルの労働者は1割以下である。最低賃金制度が注目され ているのは、当然ながら、所得格差が拡大しつつあるからである。最低とは平均の半分以下の貧困線以下である。したがって、その労働人口は極小にすることがのぞましいが、そのための手段をどう考えるかは、最低賃金制度のないドイツ、北欧の考え方ややり方も参考になる。また、賃金労働者以外の働く者の所得の問題も視野に入れておかねばならない。
 賃金上昇率と失業率が逆相関関係にあるとするフィリップス曲線は大学の授業などに出てくるものであるが、近年では、そうでないという議論も強くあり、低賃金化と失業増加が同時に起きるという現象が顕著である。これは労働者の非正規化の増大によるもので、従来の正規社員さもなくば失業という図式ではなくなっているためであろう。しかし、賃金議論においては営利企業ということを前提として成立している。ちなみに公務員のこの議論は当てはまらない。したがって、非営利組織/非営利企業における賃労働および協働労働の賃金論ということを、研究する必要があるであろう。
 そこでは賃金を最低を基準として見るのか、平均(標準)を基準として見るのかという、賃金論と労働者を中心として企業論が展開されなければならなであろう。近年、生活保護と最低賃金との対比で最低争いをしているが、それは最低生活を基準にして、人間らしい社会的文化的生活の再生産という観点が薄れてきつつあることを示している。これとは逆に、社会的活動や文化的活動を、労働者が大事にしていかなければ、ますますその貧困化が深まるということになるであろう。


●研究所ニュース No.46 2014.05.31


 
国分寺市役所における公務労働と業務委託


 ●今は亡きミュージシャンの忌野清志郎が少年時代を過ごした国分寺市は、東京西部の多摩地域にある人口121,578人(2014年2月現在)のベッドタウンである。国分寺市を取り上げた理由は、清志郎絡みにすぎない。また府中三億円事件で犯人が車を乗り捨てた国分寺史跡があるし、新幹線を作り出した国鉄技術研究所があったところである。東京経済大学が所在する。市立病院はない。周辺自治体との比較でも平均的で特段の特徴はない。財政規模は411億円(平成22年度)である。ご多分にもれず、財政健全化のための方策の手段の一環として、職員の削減、外部委託、指定管理者制度などのアウトソーシングを進めてきている。以下は「国分寺市の財政計画、計画―財政の健全化を目指して―平成24年度~28年度」という文書を参考にしたものである。
 ●国分寺市が収支均衡型の財政をめざし、企業会計的な概念による貸借対照表を採用したのは平成11 年度からである。市は財政運営の将来像として4 つの目標を設定している。要約すると次のとおりである。
 1.財政の効率化を図り、財政調整基金の取り崩しに依存しない収支均衡型の財政体質の確立。
 2.市民が安心して住みつづけたいと思うまちづくりに積極的に投資できる財政力をつける。
 3.地方債残高の減少に取り組み、地方債の償還に対応できる財政力をつける。
 4.緊急支出に対応するため、適正な基金積立ができる財政力をつける。
 国分寺市は平成22 年度に財政力指数が101.5%と、財政構造の硬直化が顕在化して、普通交付税の交付団体となった。
 経費削減の手段の一つとして公務労働の削減がある。従来の一般的議論では、地方自治体の業務は公務労働により担われるものとされてきた。1970年代には芝田進午「公務労働の理論」などがその優れた概念分析であった。そこでは公務労働は基本的に公務員により担われるものであった。しかし、近年、公的サービスの委託契約、アウトソーシング、および非公務員の雇用という形で公務労働の担い手の多様化がすすんでいる。
 ●では、公務労働の費用の諸表はどこに記載されているのであろうか。総務費における人件費が、一般敵にはそれにあたる。平成19年度では83億円で、平成20年度は75億円と減っている。これは職員適正化計画に基づいて、一般職員の削減を行っているためとされている。人件費抑制政策により、平成22年度では人件費の比率は決算の18.5%となっている。

   
 
 上表を見ると、目標に掲げた職員数削減は、思ったより実施されていない。職員の定義には3種類あり正規、再任用、嘱託である。再任用・嘱託というのは定年後の延長雇用がそれなりの部分を占めるものと思われる。正規職員数が減っても再任用と嘱託職員数は増加しており、職員数全体はほぼ横ばい状態となっている。こうしたことは中曽根行政改革のときも同様の現象が見られ、かけ声とは裏腹に公務員数の実数はそれほど削減されなかった。もちろん、嘱託職員は正規職員より給料水準が低めだと思われるので、それなりの費用効果はあるであろう。また、いわゆる非常勤職員がどのような労働条件の被用者を指すのかは不明である。また、人件費の中には市長、議員、特別職なども含まれている。一般職員の平均給料は800万円となっており、物件費に基づく給料は500万円と想定されている。これが非常勤に該当すると思われる。
 ●人件費抑制計画にもとづいて、①正規職員の計画的削減、②職員の給与の適正化【つまり削減】の方針を掲げている。平成19年度から平成23年度の4年間で66人の正規職員を削減している。これにより退職手当を除く人件費を4億6,000万円削減したとしている。この数字は4年間での削減値である。給与の削減は東京都給料表に準じている。
 職員数の削減策として、①退職者不拡充原則、②指定管理者制度活用、③職員の非常勤化、民間委託化、⑤給料表の改正【つまり削減】などの方針を出している。
 こうした方針は、当然ながら職員のやる気や忠誠心を阻害するであろう。しかしながら、実態的には、職員数が大幅に減少してはおらず、人件費比率も大きく削減されているわけではない。じわじわと嘱託職員が増加でいるということになろう。すなわち、公務員削減というかけ声ほどには、大きな変化はないということになる。もちろん、それは職員の権利闘争の表れでもあろう。したがって、問題は職員と人件費という項目だけを見ていても、公務サービスの民営化は見えてこない。むしろ、用語定義として職員と呼ばれない公的サービス従事者の数の増大に注視しなくてはならない。しかし、その統計は散見されないし、職員と民間従業者の間に、労働者としての連帯共同の意識は少ないであろう。
 ●物件費には、消費的性質の総称で、賃金、旅費、光熱費、消耗品費、委託料が含まれる、とされている。平成19年度は62億円で、前年度より10億円増加している。その要因としてはゴミ収集委託化、国分寺北口開発事業関連の委託料などがあげられている。平成22年度の物件費は67億2,800万円である。物件費は今後増加するとしている。なお物件費の内訳詳細はつかめない。物件費のうち、公務労働に関連するものとしては「賃金」と「委託料」が考えられる。いわゆる公契約制度やアウトソーシングのための費用は物件費に多く入っているものと思われる。報告書によれば、平成23年4月現在、40の公共施設が指定管理者制度により運営されている。また、各種特別会計(たとえば介護保険特別会計)の中にも、「人件費」的なものが含まれているが、詳細はわからない。
 指定管理者制度については、市の施設のうち高齢者介護施設や高齢者センター、障害者センターなど7カ所ほど、学童保育所5カ所程度、スポーツ関連施設など約8箇所、駐輪場などですでに実施しており、計画では保育園8カ所、児童館・学童保育所16箇所、公民館5カ所、図書館6カ所などの指定管理者制度への移行が含まれている。要するに市の施設のほとんどと業務(総務、福祉、教育、土木、清掃)の大多数、さらには市役所の窓口業務の多くを業務委託する計画を立てている。たとえば平成25年度の監査報告書では、ひかり児童館、第一・第二光町学童保育所、第三泉町学童保育所がNPO 法人ワーカーズコープに、委託期間は5年で、年間約8,000 万円である。本町3丁目市有料自転車駐車場がサイバーキング(株)に委託されている。市立いずみホールが野村ビルマネージメント(株)に、市立プレイス テー シヨ ンがNPO法人「冒険遊びの会」に行っている、これまでも市は清掃、警備、測量などの業務委託を民間に行ってきた。平成21年度予算でも委託料比率は15%で、54 億円となっている。
 ●こうした事柄は、地方自治体の財政悪化が根源となっている。そのことに触れる場ではないが、地方自治体のあり方についての変更は、会計方式が地方自治体の従来の「単式簿記・現金主義」から「複式簿記・発生主義」に移行し、貸借対照表や行政コスト計算書などが導入され、企業会計方式に転換しつつあることにもあらわれている。このことが自治体の事業運営に与える体質改善への影響は大きいものであろうし、従来の公務労働論の再検討を促すものともなっている。地方自治体での労働の担い手は多様化しており、「職員」ばかりではない。したがって総体としては公的サービス労働という概念の導入が必要だと考える。またアウトソーシング化は、国分寺市のみならず、多くの自治体に広がって実施されており、今後ますます増大化するであろう。これを押しとどめるためには、新たな理論武装が必要であり、従来の公務労働による公的サービスの提供という理論では不十分であろう。また公契約制度の議論においても、引き受け手の民間業者の問題(企業の形態、性格、労働問題)をブラックボックス化した議論であれば、行政サイドからみた議論にしか過ぎなくなる。指定管理者に非営利組織や労働者協同組合が含まれることは、営利会社よりも好ましいことは自明なことである。低賃金を言うならば、低い委託料で発注する行政にこそ、その第一責任がある。それは低賃金の責任が労働者本人にあるのではなくて契約者たる会社にあるのと同様である。
 また労働者協同組合は、営利会社と組織原理やガバナンス原理が根本的に違うものである。
 いずれにせよ、地方自治体における公的サービスの担い手は公務労働の公務員だけでなくなっている。その担い手は多様化しており、全体として公的サービス労働という概念で括るのが妥当だと思われる。もちろん、公務員の諸権利の擁護と追求は当事者にとって必要なことである。労働における連帯をどのように作り出すのかは、すべての公的サービス労働者の共通の課題としなければならないということだと思われる。

 前号の訂正:「医学部の新設 被災地の復興考え県立で」ご執筆の村口至先生の肩書(医師、~事務局長)は、
正しくは「医師、東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター代表世話人」ですので訂正いたします。


●研究所ニュース No.45 2014.02.28


 
フランスの社会的経済・連帯経済の規模


 ● フランスは社会的経済連帯経済の発展の中心的存在であり、政府・自治体の支援協力システムも比較的整備されている。統計局(Insee)の数字は参考値であるが、社会的経済セクターの規模は、経済セクターの15%程度と言われている。

  
 
 ● 法人形態の種類として、協同組合はわかりやすいと思われるが、これには庶民銀行や農村金庫なども含まれる。共済組合には日本語でいう相互保険会社もふくまれる。アソシエーションは訳しづらいのでカタカナであるが、非営利組織、市民事業組織、協会などの訳がつけられることがある。Insee 統計におけるアソシエーションは登録アソシエーションのみであって、倍以上の非登録のアソシエーションが存在する。アソシエーションの種類としては、以下のものがある。日本の場合はいわゆるNPO 法でできる市民活動を23 に分類しているが、フランスのように法人格としていくつかに大別することも検討されるべきであろう。

  
 
 ● フランス政府には連帯経済担当局があり、また社会・労働・連帯省が社会的経済・連帯経済を所管している。統計局(Insee)の賃金労働者数統計は、社会的経済各団体の従業員数(職員数)を示すものであり、組合員数あるいは会員数を示すものではない。したがって、この統計が示すのは社会的経済の従業員数あるいは仕事人口数そのものを示すものではないので、単に一側面を示すものにすぎない。とはいえ、労働人口における位置づけという点では参考になるものである。この統計数字を見る限り、社会的経済における賃金労働者数比率は、農業漁業分野4.4%や産業分野1.1%と低い。これは農業協同組合や労働者協同組合の定義に基づき、自主労働者あるいは協同労働者がカウントされていないためであろう。また商業分野4.5%、金融保険分野30.1%で比較的高い。これは、社会的経済がじつのところ、貯蓄や保険という人々のいのちとくらしを推し進めるための血液というべきお金と生活保障の手段を自主的に作り上げてきたという歴史が、フランスにおいて顕著であるということである。いわゆる庶民(人民)銀行は19世紀のフランスでの発明であるし、共済組合運動も、ドイツ社会保険以前からフランスでも独自に発展してきて、今日のフランス社会保障制度の補完的制度としての役割をも果たしているのである。現在フランスを中心として社会的連帯金融という動きが展開し、マイクロクレジットから社会的企業の推進など、非営利・協同経済の発展に貢献している。日本においても同様の取り組みのさらなる発展が期待されるところである。教育分野19.0%、医療分野11.5%、社会サービス分野61.9%、その他サービス分野42%である。福祉サービスの分野で社会的経済セクターの占める割合が高いことを示している。全体として社会的経済は賃金労働者の10.3%である(いずれも2011 年度)。
 また賃金労働者といっても、その統計上のランク付けは、企業管理職、上級専門職、中級専門職、一般被用者、現業労働者と分類されている。フランスにおいては、一般に賃金については職能別労働組合による労働協約が同一区分の労働者にも適用される方式をとっており、労働組合の役割は日本とは異なる機能を果たしている。したがって、社会的経済企業が低賃金を助長するといった議論はフランスの場合起きない。低賃金問題は同一職種の賃金労働者における問題であり、また社会的経済企業の労働者は自主的協同労働者でも賃金労働者と同一の社会保障および労働諸権利をもつものとされている。
 ● いわゆる連帯経済と呼ばれているものは、社会的経済のように事業(企業)形態を明確に区分したものではなくて、政策的な側面における連帯的経済活動を示すものである。したがって、統計的に連帯企業の数字が整理されているわけではない。社会的企業とか労働挿入企業とよばれるのは通称であって、そのような法人形態番号があるわけではない。連帯経済の主たる分野には、①若者・障害者・社会的弱者の雇用および仕事おこし、労働挿入、②連帯的金融、③環境・資源保全事業、④社会サービス、などの分野がある。とりわけ労働や生活に関わることは、行政の労働政策や社会政策との契約や協定を通じて実施されることが多い。ヨーロッパの場合は地域社会の社会的連帯的経済活動にたいして、EU の社会基金が使われる場合も多い。
 フランス全体の連帯経済活動のまとまった統計というものは、したがって作りづらく存在しないが、雇用創出については、いくつかの地域統計局がまとめたものがある。連帯経済の事業活動は新しい雇用創出や社会サービス、環境など、たんに労働市場や経済市場にとどまらない非市場的分野すなわち、市民運動や社会運動の側面をより強く持つために統計的に把握しづらい。しかしながら、数字や金銭的指標には収まりきらない運動や分野は社会的にたくさんあり、それをどのように把握し評価するのかということでは、社会的経済セクターでもこれまで社会的会計報告などの工夫が試みられてきた。人々の生活の多面的ないのちと暮らしの要求をどのように経済活動と結びつけるのかという課題の重要性は、日本においても増している。

  
 








メモ



information


  

・石塚秀雄
NPO法人 非営利・協同総合研究所いのちとくらし主任研究員
























▽「現代と協同」研究会からのご案内

富沢賢治のページ

中川雄一郎のページ

堀越芳昭のHP

角瀬保雄のページ
(労働者協同組合の組織・運動・経営)
「非営利・協同総合研究所いのちとくらし」所報

柳沢敏勝のページ
(明治大学商学部論文・記事一覧)

内山哲朗のページ
(専修大学研究者情報ベース)

杉本貴志のページ
(関西大学商学部研究業績)

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菅野正純のページ

日本協同組合学会のHP

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協同総合研究所


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(回想の川﨑忠文)

今崎暁巳のページ(「今崎暁巳さんと私」)

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五十嵐仁のページ

小越洋之助のページ

富沢賢治のページ

浅見和彦のページ

現代労働組合研究会のHP
  
  
労働組合・ユニオンの動向
  
それぞれの労働運動史・論
  労働組合・労働問題の本
  
ユニオンショップを超える
  
連合を担う人たち
  
全労連を担う人たち
  全労協をになうひとたち


編集人:飯島信吾
ブログ:ある編集者のブログ
企画・制作 インターネット事業団(本メールにご連絡ください)

UP 2013年06月05日
更新 2018年03月11日
更新 2018年06月06日