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私の論評:「日本維新の会」の最低賃金制廃止の「公約」を批判する
(2012.12.05)
2012年の年末、総選挙である。「日本維新の会」が11月29日に出した「公約」に「最賃制の廃止」が登場したのにはおそれいった。驚きを通り越して、馬鹿げている。
維新の会の「選挙公約」では、基本方針として「労働市場を流動化させる」とし、そのための政策実例として「解雇規制の緩和」、「最低賃金制の廃止」を掲げている。これらの政策は、日本の若者などの労働者の実態、それから発生している格差と貧困の問題の深刻さをまったく理解していない。
報道では代表の石原慎太郎氏は「大阪の連中が考えた」「俺は知らない」とうそぶいたそうである。「日本維新の会」は石原新党と橋下「維新の会」の野合ではあるが、政党として一本化したのだから、代表の責任が問われることはいうまでもない。
橋下大阪市知事がいう「最賃制の廃止」や「解雇規制の緩和」の主張のバックには、新自由主義経済学の信奉者たちがいる。橋下市長のブレーンとされる竹中平蔵氏がそうであるが、八代尚宏、大竹文雄氏らも同類である。この人たちは各国での労働者の最低限の生活保障としての最賃制の成立の歴史やその現実の機能に無知であるのか、意図的にそれを無視しているかのいずれかであろう。
かれらはアメリカの市場万能主義の「経済学」のモデルが大好きであるが、そのアメリカでも1938年に連邦法での最賃制が登場し、これまで一回も廃止したことなどない。しかもそのアメリカで規制緩和による格差と貧困が拡大し、近年最賃制の金額を大幅に引き上げているのである。(なお、州によっては連邦法を上回る金額の最賃制もある)
その後12月4日になって、日本維新の会は「最低賃金制の廃止」を撤回し「市場メカニズムを重視した最低賃金制度への改革」へと、文言を変更していた。
政調会長の浅田均大阪府議会議長は、記者団の質問に答え「見直しではない。誤解がないよう表現を変えただけ」と強調した。そして現在の最賃制については「高止まりしており、なんとかしないといけない」と「抜本的改革」が必要だとしている。批判、反響があまりに大きいので、言い訳がましい表現の修正であるが、ことの本質は何ら変わっていない。
そもそも現在の最賃制が「高止まりしている」などということは日本の最賃制の現状を全く知らない主張である。
現在、日本では非正規労働者が全体の雇用労働者の3分の1に達している。20歳代、30歳代の若者や女性が多い。その時間給は低く、正規と似た仕事をさせられ、しかも近年では生活を自分の賃金だけに頼る「生活自立型」も増えている。だがその安い時給も長期間固定化され、昇給もないか、あってもごくわずかである。その中で、シフト制の変更などで働く時間が減らされたり、病気にでもなれば、時間給のため受け取る賃金がさらに減り、ぎりぎりの生活費もさらに縮減する。生きていけなくなるほどだ。
年収200万円以下という「ワーキングプア」がすでに1千万人を超えているが、その大多数は非正規の人々なのだ。この人々の職場の多くは(ほとんどと言ってもよい)労働組合もないから、会社と団体交渉で賃金を上げる手段もない。だから最低賃金の改定くらいしか期待できない。「維新の会」の「公約」はこの若者たちに「死ね!」と言っているに等しい。
日本の最低賃金制は「維新の会」の主張とは全く方向が違う、抜本改革が必要なのだ。
第1は、日本の最賃制はおせじでも「高止まりしている」などと言えた水準では全くない。これを抜本改革する必要がある。
2012年の地域別最賃改定での全国加重平均額は時給744円である。月額(150時間換算)11万2356円、年額(1800時間換算)で134万8200円、国が使う月173.8時間換算でも月13万176円、年額156万2114円でしかない。非正規の時給はこの低い最賃に影響されているのである。大胆に最賃を引き上げなければ彼らの労働と生活はとうてい浮かばれない。維新の会の「公約」は最賃制などやめて市場原理に任せ、この極端に低い賃金水準をもっともっと下げよ、と言っているのである。
第2は、日本の最賃制の地域分断という性格の改革である。日本という狭い島国で、47都道府県別に最低賃金額が違うなどという国は世界をみてもどこにもない。先進国ではフランス、イギリス、オランダなどは全国一本である。アメリカでも連邦最賃は全国一律なのだ。すでに賞味期限が切れた「地域別最賃」に日本の当局がまだ固執していること自体が問題なのである。今回の改定でも最高地域(東京)が時給850円に対して最低地域は652円(島根、高知)。最高と最低の格差は100対76.70と、近年、両者の格差が拡大している。同じ世代の若者が地方で仕事をすれば、同じ仕事でもより低賃金になる、というのではその地域に定着しなくなり、過疎化が進む。これを促進しているのがこの地域分断の現在の最賃制なのである。
第3は、日本の最賃制は国際的にみても低すぎることだ。表は2010年の最賃制の金額比較である。2010年のとき、日本の地域別最賃の平均額は730円、このときヨーロッパ諸国の最低賃金の水準ははるかに高い。アメリカの最賃でさえも、2007年から2009年の3年間で41%引き上げた結果、現在、834円(購買力平価)になった。日本よりも高いのである。
表 欧米主要国の法定最低賃金(時間額)(2010年)
国名 |
時間額(ユーロ) |
購買力平価(円) |
為替レート(円) |
ドイツ |
10.80 |
1,544 |
1,404 |
フランス |
8.86 |
1,267 |
1,132 |
アイルランド |
8.65 |
1,237 |
1,140 |
ルクセンブルク |
9.73 |
1,391 |
1,275 |
オランダ |
9.08 |
1,298 |
1,057 |
イギリス |
5.93(ポンド) | 1,103 |
866 |
米国 |
7.25(ドル) |
834 |
682 |
日本 |
730(円) |
−− |
−− |
出所)欧州統計局、厚生労働省などによる。
(注)購買力平価は1ユーロ=143円、1ポンド=186円、1ドル=115円(いずれもOECD、2009年)。為替レートは1ユーロ=130円、1ポンド=146円、1ドル=94円(いずれも内閣府「主要経済指標」、2009年)。日本は全国加重平均。ドイツは「労働者送り出し法」によって設定されている建設業の最低賃金でドイツ西部の非熟練労働者に適用されている金額。
現行最賃制の問題点はまだまだある。「維新の会」の「公約」はこのような最賃でさえもなくすという「抜本改革」だが、そのようなものは抜本改革とは言わない。
世界はグローバル化による社会階層間の格差拡大、貧困層の増大の中で、社会的排除をなくし富裕層への規制を強化する方向に向かっている。その折も折、この「公約」は反動的な「アナクロニズム」(時代錯誤)の主張であり、喜んでいるのは大金持ちの財界・グローバル企業、富裕層、ブラック企業経営者たちである。最賃制は廃止どころか、日本の規制の脆弱さの抜本的な改革が必要なのである。
フランスのように全国一律にし、一般労働者との格差是正を制度に含ませ、時給だけでなく月額も表示し、その水準を大幅に引き上げるべきなのである。最賃引き上げで苦しい中小企業が出れば、さまざまなサポートをすべきなのだ。これらの企業の多くは輸出産業大企業の「国際競争力強化」による「超円高」や単価引き下げ、政府の規制緩和政策の犠牲者だからである。
最賃制の抜本改革、その水準の大幅引き上げは、デフレ不況と言われる現在の日本経済、地域経済を立て直し、家計消費需要の増加、雇用を増やす効果がある。
民間のシンクタンクである労働運動総合研究所(労働総研)の試算によれば、最低賃金の時給1000円への引き上げだけでも、約2252万人の労働者の賃金が月平均2万4049円上昇し、全体の賃金支払総額が年間6兆3728億円増加し、それに伴って内需(家計消費支出)が4兆5601億円増加する。産業連関表を利用してその生産誘発効果を試算すると、各産業の国内生産が7兆7858億円拡大し、GDPを0.8%押し上げる効果があり、その結果、約41万人の雇用と7231億円の税収増が展望できる。(労働総研「最低賃金の引き上げは日本経済再生の第一歩」2012年5月24日)
地方の産業・企業の多くは地場製造業、第三次産業(卸・小売業、サービス業、飲食店)、農業・自営業など家計消費需要に直接影響される分野が中心だから、最賃の抜本改革は地域経済の活性化にとってもまちがいなく福音になる。維新の会の主張とは逆に最賃制を大幅に引き上げることが雇用創出効果となるのである。
日本社会の「閉塞感」の中で、マスコミに影響されて「期待」している人びとも、最賃制廃止などの主張を平気で「公約」にする勢力のもつ反労働者性に早く目覚めてほしい。