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国民生活のナショナルミニマム実現と賃金論の展開 

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 ロンドン調査旅行


     (2012年9月10日〜16日:London &Manchester)

 私がイギリス留学したのは1985年8月、新自由主義を掲げるサッチャー政権の最盛期で、炭鉱ストの報道が繰り返されていた。国会議事堂内を傍聴する機会に恵まれ、保守党首サッチャーと労働党首キノックとのやり取りの様子をじかに見聞できたこと、K.マルクスの居住していた場所、墓を訪ねたこと、テレビでTUC大会の実況を見ることができたこと、ロンドンを象徴するテムズ川、「ビッグベン」の姿、数多くの公園歩き、パブめぐりなどなどが鮮明に思い出される。留学直後の為替レートは1ポンド=360円位だったと思う。その直後の「プラザ合意」でポンドは下落していった。金ぐりを心配していた留学者には恩恵で、約1週間のスペイン旅行のおまけもついた。

 帰国後学内の雑務等に追われ、行きたい、行きたいと思いながら、実に27年という長い歳月が経ってしまった。今回の訪英の機会を与えてくれたのが、明治大学黒田兼一教授を代表とした研究会(自治労連・地方自治問題研究機構の中の「人事給与研究会」)の科研費による比較研究で、加えて自治労連および研究機構メンバーのサポートがあった。

 「人事給与研究会」は地方自治体の人事・賃金、非正規雇用、仕事と生活の調和(ワーク・ライフバランス)問題という3つの研究分野に分担して研究している。日英比較の日程はハードだったが、得るものは大変大きかった。

 出発、帰国等の行程を省略し、純粋の現地調査関係では実質1日目(9月11日)は自治体国際化協会ロンドン事務所と「労働者生活研究所」の2箇所を訪れた。
 2日目(9月12日)はスペルソン市の訪問と「雇用の権利研究所」の幹部との面談、3日目(9月13日)はマンチェスターでのACASでのレクチャーと質疑応答、マンチェスタービジネススクールでのミーテイング、市長との面会をはさみ、マンチェスター市人事部でのレクチャーと質疑応答であり、最後にマンチェスター人民歴史博物館を見学した。

 自治体国際化協会ロンドン事務所にて

 イギリスでは新自由主義改革で有名な保守党サーチャー政権(1979〜1990)、それを継承した保守党メジャー政権(1990〜1997)、「第三の道」を掲げて18年ぶり政権を奪還した労働党ブレア政権(1997〜2007)、労働党政権を引き継ぐも短命に終わったブラウン政権(2007〜2010)、その後労働党の敗北により2010年5月保守党・自由民主党の連立政権が発足し、保守党キャメロンが首相に、自由民主党のクレッグ副首相になった。
 次の総選挙は2015年5月の予定であるが、連立政権の評判は芳しくないようで、最近の世論調査では野党労働党が第一位とのことである。その理由の一つには、われわれが調査対象にした自治体財政の危機もあるようだ。連立政権発足後、中央政府の財政緊縮政策で、自治体向け予算が大幅に削減され、自治体の財政運営はきわめて厳しい。

 以上は最初に訪問した「自治体国際化協会ロンドン事務所」(Japan Local Government Centre(CLAIR London)でのブリーフィングで知らされた。ここにおいてパワーポイントでレクチャーをしてくれたのはキルヒナーさん(Ms.Irmeiland Kirchner)である。この方はドイツ人であるが、日本語も流暢で、イギリスの事情に大変詳しく、現在ここでのResearch and Policy Managerである。世界にはこうした才女がいるのだな、と感心しきりだった。

 「労働者生活研究所」での質疑応答

 この日の午後にはWorking Lives Research Instituteを訪問した。建物は一見して古風で、私はここが何か、さっぱりわからなかったが、そこはロンドンメトロポリタン大学(国立大学)の一部で、その中に「労働者生活研究所」という研究機関であることを知らされた。研究所創立当初から多くの労働組合とも活動し、多くの政府機関、ヨーロッパの政府機関とも協力しているとのことである。また、ここで多くの労働組合活動家などが論文を作成し、学位を取ったとも説明された。
 所長のSteve Jeffery教授はフランスの労使関係が専門であるが、当面はイギリスとフランスの労働時間問題、労働組合にとって役立つ分野の研究を行っている、と言っていた。とくにJeffery氏は大変気さくな方々で、私たちに学生相手にように聞き取り易い英語で語りかけてくれた。話には当方の質問項目に関連して多くの重要な内容やサジェッションがあった。

 
  Working Lives Research Instituteにて。
  中央右Steve Jefferys教授、左Sonia.Mckay研究員

 とくに印象に残ったことは、インタビューの最後にJeffery氏が女性の研究員Sonia.Mckayさんともどもイギリスとフランスの労使関係、労働組合の違いを語ったことである。
 曰く「フランスでは1968年に大抗議活動が起こり、労働組合・市民の動員があり、工場占拠やゼネストが起こった。その後労働者保護のさまざまな法律ができ、全国一律最低賃金制の導入で、その水準も平均賃金の65%まで引き上げられた。人々が立ち上がり、法律が改正されたことが大きい。
 イギリスでは労働組合の組織の仕方にも伝統的な違いがあり、『法律を変えろ』という要求を多く打ち出すよりも、自分たち労働組合の権利を求める方に重きを置いた。サッチャー政権のときに労働組合への攻撃があり、労働者保護がどんどん剥奪された。炭鉱労働者のたたかいが敗北したことが非常に大きな違いを生み出した。炭鉱労働者の労働組合は1年間のストの結果、大敗北した。その敗北が、労働組合にとっても、国民にとっても、自分たちは自分たちを守れるほど強くないという考え方を植え付けてしまったのではないか」と。

 スペルソン市へ

 翌日(調査2日目)午前中、スペルソン・バラ・カウンシル(Borough of Spelthone ,Council Offices)を訪問した。スペルソン市はロンドンの南西部、サリー県(Surrey County、人口110万人)の11の市の一つである。その中では唯一テムズ川北側に位置し、人口は9万5600人である。初日のブリーフィングのとおり、この市の財政は緊迫状態だった。

 財政担当者からは2011‐2012年度国からの予算は16%も減らされ、今年は10%減。4年前対比20%の支出削減。定数削減、他の組織や市との共同、退職者を増やすことが必要だと嘆きにも似た話を聞かされた。その後、私たちの研究会で予め提出していた質問を踏まえ、パワーポイントで説明してくれたのは、人事部のJan,Hant、DebbieO’Sullivanの2人の女性である。市長(Mayor)が初めに挨拶するなど大変丁寧な応対だった。
  
  
   スぺルソン・バラ・カウンシルでのレクチャーと質疑応答の光景

 「雇用の権利研究所」でのインタビュー

その日の午後には労働組合のためのシンクタンクである「雇用の権利研究所」の議長John Hendy 氏、最高責任者のKeith Ewing氏にお会いした。
 
 
 インタビューに応じる両氏。左側John Hendy 氏、右側Keith Ewing氏

 お二人の話では、イギリスでは日本と同じように、労働市場のフレキシビリティが進行し、有期パート、派遣労働者、オンコールワーカー(呼び出し雇用)など異なる雇用関係が増え、経営者は仕事の内容、人員、雇用条件を支配し意のままにする傾向が広がっていること、とくに派遣労働者の問題を強調していた。
 さらに、イギリスでは労働組合の行う団体交渉の法的地位が欠けている、と発言していた。例えばBA(ブリティシュエアウエイズ)に雇用される客室乗務員がBA747ロンドン東京の夏は何人客乗させる、ということを団体協約で決めることを求め訴訟を行ったが、法廷はこのような人員の定めは強制できず、唯一の例外はストを打つことだ、とのことだった、とのこと。
 団体協約が産業全体に強制できなければ、非正規労働者は未組織だから、労働組合は支援しにくく、法律にも支えられない。非正規の賃金の上昇にとって残された手段は時間当たり6ポンドの全国最低賃金しかない、と主張していた。とくに現在の連立政府の緊縮政策に対抗して、ゼネストの合法性とその実施の強調である。両氏の主張はDays of Action-The legality of protest strikes against government cut” として2011年9月雇用の権利研究所から出版されているが、それはTUCにも影響を及ぼしているとのことであった。

 マンチェスターへ

 「雇用の権利研究所」での話の後、ロンドンユーストン駅16:30発急行でマンチェスターに向かう。所用時間約2時間9分でManchester Piccadilly駅に到着。イギリスに来て初めて踏むマンチェスターの町。期待は高まった。

 何と駅の改札口にユ二ソン(UNISON)の大幹部Kevan Nelson氏が出迎えに来てくれた。しかもユ二ソンの人々と交流するホテルに向かうタクシーに同乗してその迫力を一身に受けた。大柄で、逞しく、実践で培われた力量がさりげない会話の中で伝わってくる。

 ネルソン氏は交流の場で、マンチェスターは労働運動の歴史で重要な地位を占めている場所、すなわち18世紀の終わりに産業革命があり、それはマンチェスターにおける繊維産業の機械化から1779年始まったこと、イギリスTUCが最初に1868年に組合大会を開いた場所、イギリスにおける労働者の権利と民主主義にとって重要な地域だと力説された。

 
  宿泊のホテルでの調査団とユニソンメンバーとの交流会での記念撮影。
  前列左から2人目がKevan Nelson氏。

 ユニソンは組合員130万人。イギリスでは最大の公務労働者の組合で、地方自治体、医療、教育、ガス電気、大学、警察(警察官ではなく、現場検証、指紋採集サポート職など]、非営利という7つの公務サービス部門を組織している。
 地域別にはスコットランド、ウエールズを含んで12の地域に分け、地域支部が110あるが、マンチェスターは北西部に位置し、UNISONで最大の地域となっているとも説明を受けた。

 マンチェスター市での訪問はユニソンおよびKevan Nelson氏の取り計らいでわれわれの調査目的に沿って、実に計画的に、スケジュールがぎっしり組まれていた。

 2012年9月13日
  9:00〜9:30  UNISON北西部センター
  10:00〜11:30 ACASマンチェスター
  12:00〜13:30UNISONオフィースにてマンチェスタービジネススクールでの昼食と懇談
  14:00〜14:45 マンチェスター市 市長訪問
  15:00〜16:00 マンチェスター市人事部でのレクチャーおよび質疑応答
  16:00〜17:00 人民の歴史博物館への文化訪問


 しかも、この訪問先にたえず付き添い最後まで案内してくれたのはUNISONのポ―ルフォレイ(Paul Foley)氏である。このようなサポートがあって、短期の日程でも全く効率的に重要な場所の訪問やインタビューをすることができた。

 ACASでのレクチャーと質疑応答

 最初に訪問したのはエイカス(ACAS)である。ACASとは「助言、調停、仲裁サービス機関」で、裁判外の労使紛争調停機関である。(なお、イギリスでは労働審判にはIndustrial Tribunalという組織が別にある)

 ここでは所長のP.Monaghan氏からレクチャーを受けた。ACASは1974年に設立されたが、当初の利用は低調であったが、今日では労使関係の個別化(Individualization)が進行し、ACASの役割が高まっている、とのこと。個別化とは団体交渉が全国レベルというより、職場、事業所全体レベルに変化していること、また、個人の権利についての申し立てもあり、その件数が2001年に13万件、2010年には23万6000件に増加しているとのことであった。

 マンチェスタービジネススクール昼食会を兼ねたミーテイング

 ユニソンの建物の中で、マンチェスター大学のビジネススクールにおける「欧州労働雇用研究所」で労働経済学、労使関係について専門に研究している2人の研究者を紹介された。人的資源管理の講師であるカイザー氏(ArjanB.Keizer)とステファミア女史である。昼食会のさなかと終了後、ミーテイングがあり、質疑応答も行った。

 カイザー氏はオランダの出身で、公務部門における賃金や最低賃金制の研究をはじめ、研究対象をイギリスとオランダの労働組合の非正規に対する活動に広げたと言っていた。有能であるだけでなく、愉快でフランクな性格の若い研究者で、私とも問題意識を十分共有できる会話ができた。訪日の経験もあるが、日本語は難しいと言っていた。

 ステファミア女史はプロジェクト「公務労働における賃金と公務労働者の賃金改革、社会対話」の共同研究員である。このプロジェクトはEUからの資金で、イギリス、スウェーデン、ドイツ、フランス、ハンガリーを研究対象として、その目的2008年〜2012年、緊縮財政下で公務員の賃金改革がどのように労働者と雇用に影響を及ぼしているかの研究で、その報告書が近く刊行されるとのことであった。

 マンチェスター市長との面会

 ミーテイング終了の午後、マンチェスター市庁舎を訪問。そこは実に格式のある歴史的な建物であり、荘厳である。日本の自治体では到底お目にかかれない壁画や寄贈された食器などの装飾品の展示もあった。

 
  マンチェスター市庁舎内部のホール。

 女性市長はわれわれを広々とした一室で、全員に紅茶まで入れて歓迎してくれた。

 市長との「面会」はたんなる面会ではなく、「歓迎」である。私などはいささか驚き、当惑したものである。市長から調査団全員にマンチェスターと印字されたバッジをみやげにいただいた。

 
  市庁舎内での若きエリザベス女王の肖像がある市長室にて。中央が女性市長。

 マンチェスター市人事部によるレクチャーと質疑応答

 ついでマンチェスター市人事部でのレクチャーを受けた。
 すでに送ってあった質問項目に対して、質問項目はスペルソン市と同様、雇用、非正規労働者、人事評価、賃金体系、職務評価制度、男女の賃金格差、労働時間と残業時間、残業手当、市職員の健康と福祉など多岐にわたっていた。

 レクチャーはダニエルガーサイド、カトリクフェザストン、ニコラレイの3氏(うち女性2人)である。
 人事部は非常に詳細な資料を用意してあり、私どもの調査研究の進行にとって大変役立った。地方自治体職員の人事・賃金制度の日英比較だけに関しては、とくにブルーカラーとホワイトカラーの処遇制度の統一化、男女平等の潮流が大きな影響をもたらし、「公正性」などをめざしシングル・ステイタス協定の締結、同一価値労働同一賃金の具体化のために職務評価制度の導入が図られ、それが未達成な自治体でも何らかの対策がとられつつあること、人事評価(考課)の機能は賃金リンクではなく、能力開発などに重点が置かれていること、非正規(直接雇用のパート)はとくに公務では女性比率が高く、給与表でもパートを一般の給与表に位置づけ、労働時間の長短で対応していること、NPM(新型公共経営)の一環としての成果主義賃金化(Performance Related Pay)は現在では導入していないこと、などである。なお、定年制は廃止されたが、年金制度が危機的状況だ、と言っていた。

 
 マンチェスター市人事部と調査団との集合写真。

 マンチェスター人民歴史博物館の見学

 最後の約1時間、人民歴史博物館を見学した。そこでは労働者が団結と権利を高め、労働組合が発展していくさまをさまざまな資料、写真、絵、組合旗など展示物によって歴史的な段階を追って辿っていく構成になっている。
 案内の女性がそのさまを逐一詳細に説明していく。訪れたときがやや遅く博物館の閉館が気になる時間で、われわれのロンドンに戻る時間との兼ね合いで、残念ながら十分に深く見学できなかったが、その中で案内係の若い女性はポイントをまわり案内してくれた。その情熱的なガイドの姿勢にいたく感心したものである。

 付記

 なお、このイギリス調査の結果は「イギリス地方公務員の雇用と人事処遇」(仮題)として『季刊自治と分権』誌第52号(2013年4月刊)、第52号(2013年7月刊)に掲載の予定である(場合によっては52号での一括掲載もある)。関心のある方はそこにアクセスされたい。









 



 



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編集人:飯島信吾
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