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当日のご案内! ![]() 2025年12月13日
「自らの思いを力に」
――永戸百代さんの謝辞 「日本労協新聞」(2026年2月5日号、第1403号)に 「自らの思いを力に」と題する、故・永戸祐三さんの 連れ合いの百代さんの謝辞が掲載されています。 ▽昨年7月16日に死去した日本労働者協同組合連合会元理事長の 永戸祐三さんを偲ぶ会(昨年12月13日、既報)での、 妻・百代さんの謝辞です。 ![]() |
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▽視聴はこちら
(前編URL)
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| 悲しい、寂しい、残念・無念・・・ あるメーリングで発信されている通り、わが時代のリーダーの一人だった永戸祐三さん(労働者協同組合ワーカーズコープ・センター事業団 特別相談役 日本労働者協同組合連合会 相談役、 日本社会連帯機構 代表理事 、77歳)が逝去された。 昨日、自宅にお別れしてきたが、まだまだ生きて「自立的で、主体的な社会的連帯運動と協同労働」を着実に広げる先陣を切り開いてほしかった。 6月11日に出版された「協同労働がつくる新しい社会―自ら事業を起こし、働き、地域を動かす」(永戸祐三著、旬報社、2025年6月、四六判上製。定価2200円(税込み))の「あとがき」を書くために「生還」し、本書を完成してお亡くなりになったようで、無念です。 ぜひ、彼の社会変革の精神、社会運動への連帯、協同労働の推進を、この出版物から学び、次の世代へのメッセージとしてほしい。 私も、「永戸祐三のページ」を編集して、最初のページを生前に見てもらっていたので、これは良かった。 尚、マイクロソフトの「msn」などの検索ページで、「永戸祐三」を入れて、その他の活動・実践ページを見てください。 |
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| ◇全政党の共同提案で、2020年末の国会で「労働者協同組合法」が成立した。 ▽労働者協同組合法 第一条 この法律は、各人が生活との調和を保ちつつその意欲及び能力に応じて就労する機会が必ずしも十分に確保されていない現状等を踏まえ、組合員が出資し、それぞれの意見を反映して組合の事業が行われ、及び組合員自らが事業に従事することを基本原理とする組織に関し、設立、管理その他必要な事項を定めること等により、多様な就労の機会を創出することを促進するとともに、当該組織を通じて地域における多様な需要に応じた事業が行われることを促進し、もって持続可能で活力ある地域社会の実現に資することを目的とする。 ◇厚生労働省のサイト案内 労働者協同組合法 |
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◇労働とは何か?! 労働が資本を雇うとは何か?! 中学生の萌芽期から、全学連運動、事業団運動、協同労働運動という歩みの中で、働く者の自立性、主体性、主人公性を追求してきた永戸祐三。その格闘の軌跡とこれからを語る。 資本主義企業―「雇用労働、従属労働」万能ともいえる社会にあって、労協―「協同労働」という世界を生み出し、法的存在にまで高めてきた私たちの運動は、本当に「地べたからの、労働の原点からの革命」「協同労働革命」ともいえるものであり、「従属労働」の中にいる労働者にも、主体者への道を呼びかける力を持ち、人類存亡の危機をもたらしている「もうけ本位の資本主義体制」を転換する運動にもつながっている。(「はじめに」より) ◎著者 永戸祐三(ながとゆうぞう) 1947年 京都府竹野郡下宇川村袖志で生まれる 1968年 中央大学夜間部法学部入学、69年夜間部学生自治会委員長 1973年 全学連(全日本学生自治会総連合)委員長 1982年 中高年雇用・福祉事業団全国協議会事務局長 1995年 労働者協同組合連合会理事長(2009年2度目) 2012年 日本社会連帯機構代表理事 |





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永戸さんはぼくよりひとつ下だと思う。学生運動で活躍した後、全日自労で組合運動に参加。60年代、日本の高度経済成長と、そのための産業構造転換(炭坑閉鎖など)によって発生した失業の対策事業に携わる労働者を組織した。その後、労働者協同組合、ワーカーズコープの運動の中心にいて理論家としても活躍した。数年前の労働者協同組合法の法制化は永戸さん抜きには考えられない。運動の第一線から身を引いた後は、社会連帯機構に移り、沖縄問題などに執念を燃やした。
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戦後日本の大きな社会変動・再編の時代(1970-80年代)に、失業対策事業から「協同労働」の可能性を見いだし、仲間たちと共に日本でワーカーズ・コープ事業を切り開き広めながら、ついにその労働形態に法的ステイタスを与えるための法律「労働者協同組合法」を成立させた(2020年12月)。
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昨年の今日は社会連帯機構の理事会で山梨県に行っていました。
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労働者協同組合を知っていますか?働く者が中心となる新しい法人形態です。これからの地域社会の中心となるかもしれません。
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アマルティア・セン教授との会見写真集
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永戸 私たちは教授の論文等に非常に心引かれてきました。94年の岩波の『世界』という雑誌で、一橋大学の都留重人先生の論文が、セン教授のことを紹介されて、その時以来、先生の書かれていることに興味を覚え始めました。私たちは労働者協同組合をやりだして、労働の人間化と地域の人間的再生――新しい福祉社会の創造という大きな目標を掲げたときに、先生の深いお話をお聞きしたかったので、今回、お願いしたわけです。
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敬愛するアマルティア・セン教授 日本労働者協同組合連合会 理事長 永戸祐三 このたびは、超ご多忙の中、またお休みの日に、私たちのインタビューにお時間を割いていただき、心から感激し感謝しております。 すでに私たちの機関紙『日本労協新聞』の松沢編集長のお願いでも申し上げましたように、私たちは、日本において「労働者協同組合」および「高齢者協同組合」の運動に取り組んでいる者です。 今回、すでにお願いしていますように、理事長の永戸と副理事長の菅野がお邪魔しますが、加えて、私たちの研究所であります「協同総合研究所」の中川雄一郎理事長(明治大学教授)が、17日に共にインタビュアーとして参加させていただきます。ご了承下さい。通訳は、かつて国連職員としても働き、現在サセックス大学大学院で学んでいる鈴木和人氏にお願いしています。計4人でうかがいますので、よろしくお願いいたします。 Ⅰ 日本の経済社会の現状と私たちの活動 教授もご承知のことと存じますが、日本は戦後、民間大企業の成長を最優先して進んでまいりました。 しかし日本資本主義を押し上げてきた大量生産・大量消費・大量廃棄・短サイクルの経済と、その後の投機的経済が破綻する中で、長期の不況が進行しています。この中で抵抗らしい抵抗もなく、「リストラ」という名の首切りが強行され、戦後最悪の失業状況が発生し、自殺者も増大しています。小渕内閣は、「この程度の失業は経済再生の過程におけるやむえない現象だ」と公言して、何らの有効な雇用対策をとらないどころか、企業のリストラを促進する政策を優先しています。「市場経済における自己責任」を楯に、阪神大震災の被災者に対する生活支援を拒否する一方で、銀行やゼネコン等の企業救済には何十兆円もの公金が注ぎ込まれています。 何よりも、人間の孤立が深まり、コミュニティが著しく衰退していることです。このために、高齢者が人間関係や役割を失い、「寝たきり」「痴呆」が生み出される一方、自分の生き方・働き方を見出せない若者が増大しています。 私たちは、このような日本の現実の中から、労働者協同組合と高齢者協同組合に取り組んで参りました。労働者協同組合は、最初は失業者の仕事確保の取組みから生まれました。「働く意志と能力のある者に、生活保護でなく、働く機会を」求めて、働く者自身が「まちづくりに役立つよい仕事」をおこす運動でした。この過程で働く者が自ら出資し、経営し、就労機会を連帯して創造する「労働者協同組合」の方向を明確にするとともに、「人と地域に役立つ」労働の質を掘り下げ、「協同労働」という概念を確立することができました。そして望むすべての人が「協同労働」を選択できるように「労働者協同組合法案」を自ら作成し、深刻な失業情勢の中で、その制定を求めて運動しています。 他方の「高齢者協同組合」は、高齢者自身がそれを支える人びとと共に組合員となって、「ケア・仕事・生きがい(well-being)」を自ら実現していく、新しい協同組合として広がっています。 Ⅱ セン教授の著作から私たちが学び、感銘を受けたこと そうした中で、イタリアのレガ・コープにおけるセン教授の講演「協同とグローバルな倫理」に触れ、教授の理論と研究が私たちの実践に大きな示唆と励ましを与えてくれるものであることを実感しました。そして『不平等の再検討』や、ILOの論文をはじめとする教授の著作や、NHKテレビ、「東京新聞」のインタビュー、日本におけるセン教授の理論についての研究とコメントを学ぶ中で、その感をいっそう強めました。私たちがそれらからとくに学び、感銘を受けた点は、次のようです。 何よりも、教授が「協同の原理」に高い位置づけを与えられていることです。これに関わって、次の点を私たちは重く受け止めました。 第一に、人間は、単に自己利益や効用の最大化だけを求める「合理的な愚か者」ではなく、「共感」と「コミットメント」をもち、相互依存を通じて自由を実現していく存在である、という人間観です。 第二に、人間の潜在能力の発展と、「個人の多様性が全面的に開花し、個人と個人が豊かに結びつく社会」の実現こそ経済発展の目標でなければならないという、経済・社会観です。 第三に、(私的な)所有や交換は、「すべての人びとが消費・生産・浩瀚に経済的資源を利用できる」「経済的受益権」をはじめとする、「エンタイトルメント」の下に置かれるべきものである、という公共介入の積極的な意義づけです。 第四に、人びとが公開の対話や議論を通じて、価値観や規範を創造し、政府と一面で対抗し一面で協力する「公共活動」の主体となっていく、という「参加民主主義」の重視です。 第五に、偏狭な「国民的特殊主義」を超える、「グローバルな団結、世界市民の感性」に立脚した「偉大な普遍主義」を高らかに唱っておられることです。 次に、ILOの雑誌で、教授が失業の害悪(penalties)を鋭く指摘され、就労機会を保障し人びとの自立を支援する公共政策の意義を強調されていることです。そして、「高齢者の引退年齢の引き上げ」を、雇用問題の解決と対立させるのではなく、同時的に解決すべき課題として提起されていることです。 最後に、「職人的生産」や「質の重視」、州との連携や広域的連帯を内容とする、エミリア・ロマーニャ州の協同組合運動を高く評価されていることです。私たち日本の労働者協同組合運動にとっても、イタリア、とりわけエミリア・ロマーニャの協同組合運動は、大きな励ましであり学びの宝庫でした。教授の「潜在能力」アプローチが、現代の協同組合運動に直結した形で展開されていることに、私たちは強い感動と期待を覚えています。 Ⅲ セン教授にお聞きしたい点 そうしたことを前提に、10月17日には、次の点を中心にお聞きしたいと思っております。 1.大量失業を克服するためには、どのような理論と政策が求められているのでしょうか。 私見では、労働力を排除しはじめた大量生産分野や、投機的分野から、ケア、食糧、環境、教育・文化など、「コミュニティの持続可能な発展」を支える分野に労働力を社会的に再配置する必要が生じているように思われます。 ――今後の企業の質、企業における民主主義、企業の社会的責任はどのように進化すべきでしょうか。その中で労働者協同組合についてどう評価されるでしょうか。 ――産業構造や経済発展のあり方を含む経済政策と、労働政策がどのようにリンクすべきでしょうか。 2.すべての高齢者(障害者)が生き生きと暮らすためには、高齢者(障害者)をどのようにとらえ、どのような市民の活動と公共政策を発展させるべきでしょうか。 産業社会では、高齢者(障害者)は、非効率な「お荷物」扱いされてきました。教授は、「栄養」「衣料や住居」「保健医療ケア」から「コミュニティ生活への参加」を「潜在能力」の重要な中味に含められています。彼らが「エンパワーメント」され真に「ノーマライゼーション」を達成するには、 ――高齢者(障害者)観をどのように転換し ――高齢者自身と彼らをとりまく市民の活動をどう発展させ ――国や自治体はどのような公共政策を採用すべきでしょうか。 3.冷戦の終了後、かえって民族間の凄惨な対立が強まっています。偏狭な「国民的特殊主義」を克服し、「普遍主義」の立場から、平和と全人類的な連帯をつくりだすには、どうしたらいいのでしょうか。 4.教授は、「協同の原理」を高く評価されています。その内容と、契機、アプローチについてお教え下さい。(人間観、めざすべき経済社会像、参加型民主主義と人間発達、企業・セクター的特質など) 5. 21世紀の人類社会を切り開くような協同組合運動とは、どのようなものであるべきだとお考えでしょうか。ICAの「レイドロウ報告」や、エミリア・ロマーニャの協同組合運動研究と関わらせて、お教え下さい。 6.人間の潜在能力の欠如=貧困が最も強く現れている分野として、労働の疎外があるように思われます。労働を社会的に有用で働き甲斐ある、真に人間的な営みに変革していく上で、「雇用労働」のあり方を変革するとともに、「協同労働」の領域を確立することが求められていると、私たちは考えますが、これらの点について教授のお考えをお聞かせいただければ、幸いです。 Ⅳ インタビューに関連してお願いしたい点 1.このインタビューの要旨を、日本の『エコノミスト』(毎日新聞社)に掲載することをお許し下さい。原稿については、もちろん、事前にチェックをしていただきます。 2.①このインタビューの詳しい内容と、②日本の研究者のコメント、③セン教授の協同や失業問題に関する論文・講演などの三部構成で出版をできればと考えています。――出版をお許し頂けますでしょうか。その場合の条件はどうしたらいいでしょうか。 ――私どもが翻訳・出版できる、教授の論文、講演、関連資料(レガでの教授の講演をめぐるものなど)を御示唆下さい。 |
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▽2023.08.18

▽2021.08.19
▽以下のPDF復刻(橙色部分をクリックして)は、「日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会」の了承をいただき、急遽、UPさせていただきます。是非お読みください。
| 『みんなで歩んだよい仕事・協同労働への道、そしてその先へ ワーカーズコープ三五年の軌跡』(日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会、2023年6月15日 A4判 286p) 目 次 ◆グラビア版 「写真と労協新聞で綴る ワーカーズコープ三五年の軌跡」 ◆発刊にあたって 日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会 理事長 永戸 祐三 ◆発刊によせて――メッセージ 国際協同組合同盟 (ICA)会長 モニク・ルルー 産業労働者・熟練工業者・サービス生産者協同組合国際機構(CICOPA) 事務局長 ブルーノ・ローラン 国際労働機関(ILO)駐日事務所 代表 田口晶子 日本協同組合連絡協議会 (JJC) 委員長 奥野長衛 第一章 ワーカーズコープの体験的歴史と思想 永戸祐三(編集・松沢常夫) ▽ページが乱れていましたので、訂正(2023.09.08) ◆第一節 事業団時代 ◆第二節 労働者協同組合時代 ◆第三節 協同労働の協同組合時代 ◆第二章 運動の歴史――分野・課題別 第一節 全国よい仕事研究交流集会の歴史 第二節 全国ケアワーカー集会と地域福祉事業所の発展 第三節 全国協同集会の歴史と可能性 第四節 「協同労働の協同組合」法制化運動の歴史 第五節 国際活動の歴史 第六節 「協同労働の協同組合」原則の確立と原則改定の歴史 第七節 高齢者協同組合運動の歴史 第八節 協同総合研究所の歴史 第九節 日本社会連帯機構の歴史 第一〇節 労働者協同組合の経営・財務からみた歴史 第三章 加盟組織(略) ◆第四章 私と事業団・労働者協同組合運動 浦沢 栄「反骨精神で生きてきたが、いろいろな人にお世話になった」 小津 房生「私の人生『波乱万丈』」 岡元かつ子「協同労働と仕事おこし」 古谷 直道「私のワーカーズコープへの思い入れ」 松沢 常夫「仲間の奮闘、誇りに突き動かされて-新聞三〇年」 第五章 資料料編(略) ◆編集後記 奥付 |
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◇【編集後記】より
労協連三五年史の編集発行を委託された編纂委員会は二〇一六年一月二〇日の第一回編纂委員会より編集作業を開始し、ここに発刊することができました。
三五年史を編纂・発行した目的は、以下の通りです。
(一)ワーカーズコープの運動が果たして二一世紀の社会運動の推進・発展の原動力となり得るのか。
一九七〇年代の事業団運動から出発して、労働者協同組合、そして二一世紀に協同労働の協同組合へと変化・発展を遂げてきたワーカーズコープ運動の三五年余の歴史を時代の流れと共に総括すること。
(二)運動・事業に携わってきた関係者が元気なうちにこれまでの歴史を語り継いで、後世に残すこと。
(三)三五年余にわたる経営路線、運動・事業路線の転換とその時々の意義を整理し、次世代リーダーが今後の協同労働連動の発展への展望・課題を学ぶことのできる内容とすること。
私たちは「働く人々や市民がみんなで出資し、民主的に経営し、責任を分かち合って人と地域に役立つ仕事を起こす『協同労働の協同組合』」として、よい仕事」を高め、働く者「一人ひとりの成長と発達」を追求するーこの「協同労働の協同組合」という考えに到達するまでに、前史的な取組みを含めて、三五年余の歴史を要しました。そして今日、私たちは、これまでの運動事業の歴史を踏まえ、協同労働運動の「全面的発展」へ向けて、さらに奮闘していく決意を新たにしました。
協同労働の協同組合が法制化される時代に、この三五年史が、協同労働運動のさらなる発展と飛躍、そして研究などに役立つことを期待します。
労協連の三五年以上にわたる運動・事業にご支援・ご協力いただきました各界の皆様に感謝いたします。
労協連三五年史編纂委員会
座 長 永戸祐三(労協連理事長)
副座長 松澤常夫(労協新聞編集長)
田嶋康利(労協連事務局長)
委 員 青木 健
(労協連副理事長、労協ながの理事長)
奥 治(労協連理事)
小林裕子(労協連理事)
竹森 鋼(労協連常任理事)
田中鉄郎(労協連副理事長、北海道労協常任理事)
藤田 徹(労協連副理事長)
村崎 忍(ワーカーズコープ山口理事)
山田英夫(労協連監事)
事務局 中野 理(労協連国際部主任)
友岡有希(労協連国際部)
執筆者一覧
第一章 永戸祐三(労協連理事長)
編集 松澤常夫(労協新聞編集長)
(初出‥日本労協新聞第二〇一六年一○月一五日号~二〇一七年六月一五日号)
第二章
第一節 藤田 徹(労協連副理事長)
第二節 田中羊子(労協連専務理事)
第三節 古村伸宏(労協連専務理事)
第四節 島村 博(労協連副理事長)
第五節 中野 理(労協連国際部主任)
第六節 田嶋康利(労協連事務局長)
第七節 坂林哲雄(労協連副理事長)
第八節 相良孝雄(協同総合研究所事務局長)
第九節 藤田 徹(労協連副理事長)
第一○節田原一正(労協連常任理事)、山田英夫(労協連監事)、小林勲(センター事業団常務理事)
(肩書きは三五年史発刊時)




▽2024.06.05





▽2021.02.09

▽2021.05.06
「協同組合運動と労働運動」 芝田進午
(日本生協連・生協総合研究所、『生活協同組合研究』、No.100:1984年4月)
◆「あとがき 本稿を草するにあたり、文献・資料等の便宜をあたえられた青竹豊(日生協)、西村一郎(大学生協)、永戸祐三(中高年事業団)の諸氏に感謝する、」と記述している。
またこの論文の(注2)でくわしくは松沢常夫「全日自労の『民主的改革』闘争の意義」(『マルクス主義研究年報』1980年版、合同出版、所収)参照」と記している。
◇「協同組合労働」の理論と展望(『協同組合で働くこと』、1987年5月30日、労働旬報社刊)
◇芝田進午[しばた しんご、1930年3月26日 - 2001年3月14日、広島大学教授・当時、哲学者] (目次全文)
序章 いま、協同組合労働を考える 芝田進午
――協同組合と協同組合労働の現実から出発して
Ⅰ 協同組合運動の発展
1 生協を中心.とする協同組合運動の大きな発展
2 八○万人を越える協同組合労働者
Ⅱ 協同組合運動への新しい動向
第一章 生協で働くこと、生きること 西村一郎
I 生活協同組合労働の現実と展望
Ⅱ 生協労働者の形成
Ⅲ 生協労働の状態はどうなっているか
Ⅳ これからの生協労働の課題、と展望
第二章 農協で働くこと、生きること 鈴木文熹
――農業協同組合労働の現実と展望
はじめに 対象の限定
Ⅰ 総合農協の歴史とその事業
Ⅱ 農協労働者の一日を垣間みる
Ⅲ 農協労働者の組織状況と労働の状態
Ⅳ 農協における労働の性格と民主主義
V 農協の協同組合への再生・創造への芽
むすびにかえて
第三章 事業団で働くこと、生きること 永戸祐三
――日本における労働者協同組合づくり
I 事業団運動をとりまく周辺
1 雇用・失業問題の深刻化
2 失業対策事業廃止の意味
3 深まる政治・経済危機と事業団運動
4 事業団=労働者協同組合の出発
Ⅱ 事業団運動の歴史
1 事業団運動の前史
2 事業団運動の創成期
3 労働者協同組合運動へ
――中高年事業団の発展
4 新しい労働者の参加の時期
Ⅲ 事業団=労働者協同組合運動の現状
1 全国的な到達点と今日的特徴
2 事業団運営の原則とは
3 団員の特徴.
Ⅳ これからの事業団の課題と展望
1 労働者協同組合員としての主体の確立
2 生協・労働組合諸組織との提携・協力
3 町(街)づくり運動の本格的開始
4 雇用・失業保障闘争の強力な展開と国際的経験に学ぶ
第四章 文化協同組合づくりへの道 是永幹夫
はじめに――雇用と生活の不安のなかで
I 新しい生活・文化運動の模索
1 協同組合形態の可能性
2 イタリアの「文化協同」の経験
3 「文化協同組合」研究会の発足
4 暮らしと文化と地域づくりl新しい合流点にむけて
Ⅱ 「文化協同組合」への模索
1 現実的とりくみの進展
2 芸術生産共同体・わらび座の実践
おわりに ――展望の共有にむけて
第五章 世界における労働者協同組合運動の新しい波 富沢賢治
Ⅰ 21世紀を展望する協同組合運動
Ⅱ 労働者協同組合運動の評価
Ⅲ 労働者協同組合運動の現状
第六章 「協同組合労働」の理論と展望 芝田進午
I 「協同組合労働」の社会的性格
1 「協同組合労働」の本質
協同的労働としての「協同組合労働」
「共同体的労働」としての「協同組合労働」
自由で平等な労働者の「連合」における労働としての「協同組合労働」
2 「協同組合労働」と資本主義の矛盾
経済的民主主義のための労働としての「協同組合労働」
「労働の転換」をめざす労働としての「協同組合労働」
賃労働を止揚する労働としての「協同組合労働」
社会的な教育労働・文化労働・組織的労働としての「協同組合労働」
Ⅱ 「協同組合労働」と現代民主主義;
1 労働の民主主義、経済民主主義の一環として
2 協同組合運動における組織の原則とは
3 管理・経営・実務能力の形成
4 「協同組合労働運動」の重要な役割
5 労働組合運動と「協同組合労働運動」の交流・連帯
6 反独占民主主義
7 民主主義の徹底的な実現をめざして
あとがき
序章においてものべたように、本書の目的は、「協同組合」論ではなく、㈠それを前提にしつつも、協同組合で働き、その労働をになう人びと、すなわち「協同組合労働者」とその労働、すなわち「協同組合労働」の現状と意義を解明すること、㈡そのことをつうじて、協同組合運動、協同組合労働運動、さらにわが国の民主主義運動全般、とくに経済的民主主義の運動と労働運動ならびに地域の住民運動の発展に、いささかなりとも寄与することにある。
これらの目的がどれほど実現されたかについては、読者各位の御批判をあおぐほかはないが、このような視点からの包括的な研究書は、わが国では、おそらくはじめての試みではないかと思われるので、それだけに多くの欠陥をまぬかれていないであろう。本書が、とくに協同組合運動の関係者ならびに協同組合に就職しようとされる方がたの御検討の対象になり、その運動の発展にささやかながら寄与できるとするならば、また御批判によって、よりよい研究が出現する機縁になりうるならば、著者たちにとっての望外の喜びである。
わたくしが、本書の主題について、問題を提起したのは、二六年前のことであり、また著者の一人である西村一郎と共同研究をはじめたのは、七年前のことであった。その後、他の著者も共同研究に参加してくださり、ここにようやく、その成果を公にできるはこびとなった。この機会をかりて、共同研究に参加された方がたへの謝意を表明することを許していただきたい。
一九八七年四月 芝田進午
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拙い絵ですが故人を偲ぶ一端となってくれれば幸いです
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Yuuzou Nagato
▽埼玉県越谷市在住
◇2025年7月16日、逝去
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[略歴] 永戸祐三(ながと ゆうぞう)
1947年8月23日 京都府竹野郡下宇川村袖志(現在、京丹後市丹後町袖志)で生まれる。
1954年4月 下宇川小学校入学。
1960年4月 丹後町立下宇川中学入学、憲法の全文を覚える。勧誘された野球部を断念、音楽部入部、「海の日」に三人で“ストライキ”、二年で生徒会長。
1963年4月 京都府峰山高校入学、下宿生活(休日は農作業)。二年時、「生徒諸費」値上げ、一括払い強制に反対し、生徒総会、ストライキ一歩手前。
1966年 日動火災海上保険会長から養子の話。
1968年 中央大学夜間部法学部入学。自治委員、法学部全体中執、12月「常置委員会」撤廃闘争で全学ストライキ。
1972年 全学連(全日本学生自治会連合)中央執行委員、7月全学連副委員、73年3月全学連委員長代行、7月全学連委員長、11月日本共産党第12回大会で挨拶。74年7月全学連委員長退任。
1975年4月 稔理府労働組合連合会書記。
1977年1月 全日本自由労働組合本部書記。1981年10月全日本自由労働組合中央執行委員。
1982年3月 中高年雇用・福祉事業団全国協議会事務局長。
1987年12月 中高年雇用・福祉事業団(労働者協同組合)全国連合会センター事業団専務。
1995年5月 日本労働者協同組合連合会理事長(01年5月まで)。
2009年6月 日本労働者協同組合連合会理事長、同センター事業団理事長(兼務)。
2012年12月 日本社会連帯機構代表理事(現在に至る)。
2017年6月 日本労働者協同組合連合会理事長退任。名誉理事、労働者協同組合センター事業団特別相談役。




| 編集人:飯島信吾 ブログ:ある編集者のブログ 企画・制作 インターネット事業団 UP 2025年05月30日 更新 2025年06月05日 更新 2025年06月05日 更新 2025年06月25日 更新 2025年07月07日 更新 2025年08月14日 更新 2025年10月05日 更新 2025年11月19日 更新 2025年11月20日 更新 2025年12月15日 更新 2025年12月20日 更新 2025年12月24日 更新 2026年01月18日 更新 2026年02月05日 |
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